5.これはとある過去のお話 2
――ミリア様を守れませんでした。
配下の者から知らされたヴィトインは、雨の中であるにも関わらず疾走する。
森を抜け、荒野を駆け、一日のうちに彼はとある館の前に到着した。そこはミリアの実家――すなわち、ヴィトインにとっては義父母にあたる者が住まう場所。
「これは、いったい……」
そこで彼は見た。
小さいながらも秀麗であったその場所が、見るも無残に破壊されている。
火を放たれたのであろう。そこは焼け落ち、灰色に煤けており、木々は木炭へと姿を変えていた。人の気配はない。そこにあったのは、ただの空虚だ。
ヴィトインは花の園だった小さな庭を歩き、呆然と立ち尽くす。
配下の者の話によると、この館に到着したと同時に攻め込まれたとのことだった。それはまるで示し合わせたかのように。誰かが、裏で手を引いていたと、そう思わせるものだった。そう語られていた。
「ミリア、ミリア……!」
もうこの世にいない、最愛の女性の名を繰り返しながらヴィトインは涙を堪える。
胸に湧き上がるのはいかなる感情か。怒りか、はたまた悲しみか。
あるいは、虚無に支配されていたのか……。
「おや――まだ、生き残りがいたようだな?」
「…………なに?」
その時だ。
彼を認めてそう口にする者があった。
ヴィトインは振り返りその姿を見てすぐに理解する。
「魔族――魔王軍の者か」
立っていたのは、人型の魔の者――すなわちは魔族。
ヴァンパイアである自身とは姿が似ているものの、その在り方が根本から異なる存在だった。彼らは己が根源たる欲求を満たすために行動する。
ヴィトインにとってその在り方は忌み嫌うものだった。
「ご明察。どうやら、間抜けな他のヴァンパイアとは違うみたいだな?」
魔族の男――筋骨隆々な偉丈夫である――は、そう言って笑った。
こいつが、ミリアたちを襲ったのだ。ヴィトインはそう確信し、唇を噛む。
「魔王軍は、いったい……何が目的なんだ」
「あぁん!? そんなの、俺様に訊かれてもわかりゃしねぇな!」
彼の漏らした言葉を問いかけと勘違いした魔族は、そうケタケタと言った。
「俺様は魔王様の言いつけ通り、馬鹿なヴァンパイアを殺しにやってきただけだ! ついでに、たんまり溜め込んだ金品もいただきにな!」
「…………そう、か」
そこまで聞いて、ヴィトインは右腕を横に広げた。
そして、歪む空間に手を入れて中から一つの戦斧を取り出す。
「あぁ、すまないな。今は手加減が出来そうにない」
「あ……?」
気付けば日が落ちていた。
薄暗闇の中で、ヴィトインの赤き瞳が魔族の男を捉える。
瞬間――。
「――なっ!?」
周囲の空気が、鋭さを増した。
魔族の男はそのことに驚き、目を見開く。
ヴィトインの秘める魔力の、その奔流――こぼれ出したそれに、慄いた。そして同時に直感する。このヴァンパイアは危険だ、と。
しかし、そう思った矢先に。
「あ――がっ!?」
魔族の男の身体は、二つに裂けていた。
なすすべもなく男は倒れ、そして魔素へと還っていった。
「……………………」
その様子を、赤き瞳に悲しみを滲ませてヴィトインは見つめる。
次いで、こう思うのだった。
「私は――」
――このまま、黙っていてはいけない。
このまま、何も分からないままに過ごすことなど出来なかった。
彼はそう思い空を見上げる。そこには煌びやかな星々が散りばめられていた。
「ミリア、私は必ず……」
ヴァンパイアは一人、そう呟いた。
その道が残された娘――レミアを一人にしてしまう道だったとしても。自分は進まなければならないのだと、その時に心に誓った。
そうして、気付けば二百の年を経ていたのだった。




