4.これはとある過去のお話 1
リリスがヴィトインのもとで鍛錬を始めて、数年が経過した頃。
彼女には少し気になったことがあった。それというのは、彼が魔王軍を追う理由だ。普段の口振りからして、敵対しているのは間違いない。
だとしても、どうしてそこまでヴィトインは戦うのだろうか。
「師匠は、どうして魔王軍と戦っているのですか?」
「ん? これはまた、唐突だね」
とうとう耐え切れずに、少女は男性に問いかけた。
すると彼は読んでいた本を閉じて、少しだけ考える素振りを見せる。
「そんなに、聞きたいかい?」
「はい。とても興味があります」
「そうか。それなら、今日は少しだけその話をするとしよう」
言って、ヴィトインはこう語り始めた。
◆◇◆
ヴィトインにはかつて、妻子がいた。
ヴァンパイアとしては穏健派と呼ばれていた彼らは、辺境でひっそりと暮らしていたのである。それはとても平和な、恵まれた日々だった。
しかし、それも唐突に終わりを告げる日がやってきた。
ある日――世界各地のヴァンパイアのもとに、魔王軍の使者が訪れる。
その者曰く、魔王軍に与しなければ相応の報いを受けるだろう、とのことだった。ヴィトインはしかし、その話を即座に拒否。使者を送り返した。
その時に、もしかしたら運命は決したのかもしれなかった。
「ヴィトイン――私は不安です」
そう言ったのは、彼の妻――ミリア。
彼女は馬車に乗り、窓口から顔を出して、赤く美しい瞳で夫を見る。
その日からミリアは、遠方にいる親類のもとへと向かう予定だった。数人の配下の者たちを従えて、しかし長くとも一週間ほどの旅路。
それだというのに、彼女はひどく怯えていた。
「大丈夫だよ、ミリア。いったい何が不安だと言うのかな?」
「魔王軍の話です。彼らは、報いを与えると言っていたのでしょう。それが、私には恐ろしくて仕方がないのです」
「それなら、気にする必要はないさ。魔王軍はそれほどの力を持っていない、名ばかりの集団に過ぎないのはキミも知っているだろう?」
「それでも……」
ミリアはなおも首を左右に振った。
ヴィトインは安心させるように彼女に微笑みかける。
「大丈夫さ。義父様も魔王軍には反発している、きっと守ってくれるさ」
「…………分かり、ました」
そして、そう言うことでようやくミリアは納得した。
ヴィトインは笑って、一つ彼女の頬に口づけを。すると彼女もそれを求めた。
「それでは、行ってきます」
「あぁ、気をつけて」
「はい」
名残惜しそうに離れ、二人は最後にそう言葉を交わす。
また会いましょう――そう、お互いに約束をして。
しかし、ヴィトインは酷く後悔することになる。
「ヴィトイン様、申し訳ございません……!」
数日後に、配下の一人が傷だらけになって帰ってきた。
その者の口から、その報せを耳にして。
「ミリア様をお守りすることが、出来ませんでした!」
その日は、忘れもしない雨の降る夜の出来事だった。




