4.ダースの過去
ダースは二人を見送ってから一人、孤児院のリビングで息をつく。
椅子に腰かけ、物思いに耽るその表情はいつもの陽気な彼とは程遠かった。
「なんの、因果かしら……ね」
静まり返った空間に、ダースの声が溶けていく。
苦悩にも近いそれ。彼は己の過去を思い出し、目を細めるのだった。
◆◇◆
記憶にあるのは、すべて燃え盛る炎と、対照的な大雨。
ヴァンパイアが根城とする場所には、必ず認識阻害の魔法――いわゆる結界が張られていた。それを打ち破る術を身につけた者たちを、ヴァンパイアハンターという。彼らは闇の中に生き、闇と戦い、それを狩る者であった。
『ダース、右から眷属の一体が逃げ出した』
『了解。そちらの迎撃に向かうわ』
仲間の一人から情報を受け取り、ダースは音を殺して移動する。
手には自ら作成した対ヴァンパイア専用の武器――純銀製の剣を持っていた。ハンターとなる者はみな、普段はその素性を隠して生活している。ダースの場合は武器職人。そちらでも安定した収入を得るほどではあった。
だが、ヴァンパイアを狩り、それによって得られる利益はそれを遥かに超える。当時のダースは金に目が眩んだ亡者、そう言っても過言ではなかった。
『――さぁて。今日の獲物は、どこへ行ったのかしら?』
情報通り、場所を移した彼は舌なめずりをしつつそう口にする。
探すのは眷属ではない。金だ。多額の収入だった。
『ひっ……!』
『みぃつけた』
そして、ついに標的を発見する。
どうやら今回のそれは、獣人の眷属だったらしい。
姿形は暗がりでよく分からないが、声の質からして男性だろう。
『悪いけど、逃げられるとは思わないでね?』
細い剣を指に三本構え、口角を歪めた。
昂揚感に満たされていく。決して戦闘狂というわけではないが、この闘いを終えた後にもたらされる金銭を考えると、彼の表情は邪悪に変化していくのだ。
『た、たすけてくれ……!』
距離を詰めると、眷属の男性は震えた声でそう言う。
『お、俺には娘がいるんだ……っ! ここで、俺が死んだら!』
『ふーん、そう。でも貴方、人じゃないものね。残念でした』
『ひぃっ……!!』
だが、ダースは無慈悲な言葉を投げかける。
そこには、それこそ彼の方にこそ、人間としての感情はなかった。
完全に戦意を喪失した獲物に向かって、銀の剣の一本を振り上げて――。
『――があ……っ! に、な……』
その、心臓を貫いた。
一度では、死に至らない。
だから何度も、何度も、何度も……。
『ふぅ、これで十分かしらね?』
そうして、眷属がピクリとも動かなくなったのを確認して一息つく。
これで終わりではない。まだ、本丸が残っていた。
『残念ね。娘さんに会ったら、よろしく言っておくわ』
そう言い残して、ダースは駆ける。
無残な亡骸と化した、見知らぬ男性をそのままにして……。
◆◇◆
いつの間にか、眠っていたらしい。
ダースはゆっくりと目蓋を持ち上げて、深呼吸をした。
「あの頃の私は、人でなし、だったわね……」
そして、ひとりごちる。
自己嫌悪というものが襲いかかってきて、彼は眉間に皺を寄せた。
あれから、三十年近く経過した。あるキッカケをもって、ダースはヴァンパイアハンターを引退したのだが、それでも過去を拭い去ることはできない。
当然だ。彼の手は、どうしても血に濡れているのだから。
「……考えても、仕方ないのかもしれないけど」
呟いてダースは立ち上がり、明かりを消して寝床に移動する。
こういう時は眠ってしまうのに限る。現実逃避であろうとも、それが一番だった。最後に、眠る子供たちの顔を見てから、彼は微笑みを残して自室へ。
こうして、一日が終わる。
だが、この時。
「――みぃつけた」
誰も知らなかった。
孤児院の窓の外から、二つの影が彼を見ていたなど。




