1.これは一人の少女の話 2
少女は目を覚ました。
そこは、知らない民家の中。
乱雑に置かれた調度品や衣服に、彼女は首を傾げた。自分はどれくらい眠っていたのだろうかと、それこそ記憶が曖昧である。まして、起きたら知らない場所なんて、呆然とする他なかった。
「やあ、起きたようだね」
「……貴方は?」
そんな時だ。
リリスにそう声をかける人物があったのは。
その人はスラリとした男性だった。銀の髪に、血のように赤い瞳。肌は日差しを全く浴びていないのかと、不思議に思うほどに白かった。
そんな男性は、手に盆を持っている。
その上にはいくつかのパンが置かれていた。
「私の名前は、ヴィトイン。キミには一度、自己紹介したと思うけどね」
「あ……たしか、私を助けてくれた……」
「あぁ、その通り」
リリスに盆を渡すと、笑顔を浮かべる男性――ヴィトイン。
その後に床に腰を落ち着け、その中の適当な一つを手に取って食した。それを見てリリスも、おもむろにパンへと手を伸ばす。そして一口、頬張って首を傾げた。
「あれ、味が……?」
そう。ほとんど、味がしなかった。
そのことに彼女は頭を悩ませる。そんな少女の姿に、ヴィトインは一つ頷いた。そして、こう彼女に言う。
「どうやら、私との契約はしっかりと機能しているようだね」
「契約……?」
するとリリスはまたもや、首を傾げた。
「あぁ、そうか。ここから説明しないといけないんだね」
その様子を見た彼は、静かにそう口にする。
そして、続けて少女に説明するのであった……。
◆◇◆
「……眷属?」
「あぁ、そうだ。キミはあのままでは、死ぬ運命だった。しかし私と契約をすること――すなわち眷属となることによって、キミは命を長らえた」
「それって、つまり……ヴィトインさんは、私の命の恩人?」
「命の恩人、か。あるいは、そうなのかもしれないね……」
リリスの言葉に、謙遜するように笑うヴィトイン。
否定するでもなく、ただ困ったようにそう言うのであった。
それを肯定として受け取ったのだろう。リリスは素直な感謝を向けた。
「ありがとうございます! あ、でも他の村の人たちは……」
だが、すぐに現実へと引き戻される。
彼女はしゅんと小さくなり、うつむいてしまった。
そうしてしばしの沈黙の後に、意を決したように訊ねるのだ。
「すみません、ヴィトインさん――」
真剣な、顔をして。
「――私の村を滅ぼしたのは、誰なのですか?」
その問いかけに、銀髪の男性はしばし考え込む。
そして、こう返事をした。
「………………魔王軍、だな」――と。
それを聞いてリリスは息を呑む。
魔王軍とは、ある魔族を頂点とする軍勢のことだった。
昨今その存在が世に知られるようになり、しかし眉唾モノであると云われていたのである。それが現実に、自分たちの村を攻撃してきた。
それに、彼女は唇を噛む。
「さぁ、それを聞いてキミは――リリスは、どうするんだい?」
「……え?」
その時、ヴィトインがリリスに問いかけた。
その目には力が込められている。
「この先、キミには多くの選択肢がある。どこかの街で静かに暮らすもいいだろう。あるいは、戦う道を選ぶのも悪くない。そうだとしたら――」
――キミは、どうするんだい?
ヴィトインは、静かにそう告げる。
紅い瞳を向けられたリリスは、ふっと息をついた。
いいや。もしかしたら、聞かれる前に決まっていたのかもしれない。彼女はヴィトインの問いかけに、数秒の間を置いてから答えるのであった。
「戦います」――と。
そして、こう懇願するのであった。
「お願いです。私に戦い方を教えて下さい」
それは、少女の戦いの始まり。
そして苦悩の日々の始まりでもあった……。




