4.洞窟の中での再会
――洞窟第九階層。
ボクらはなるべく物音を立てないようにして進む。
道中でレッドドラゴンやアークデイモン、ヒュドラなどを見かけたが、どれも大きく弱体化していた。やはりニールさんの言っていた通り、魔素の濃度の低い上層部にいると力が発揮できないのかもしれない。それでも、なるべく無駄な戦闘は避けた方が良い。
この先、どれだけ危険な存在が現われるか分からない。
そのための体力温存は、必須であるように思われた。それに、この先にはリリスさんもいるかもしれない。動けなくなっている彼女を連れ帰らなければならない可能性も考慮すると、それはなかなかに厳しい状況だった。
「それにしても、危険な何か、って――結局なんなんでしょうか」
そんなことを考えながら進んでいると、エリオがそう小さく言った。
少年は首を傾げこちらを見ている。
「予想するに、高濃度の魔素による新種の魔物、あるいは魔物を殺戮するような魔族の出現――色々あるが、その辺りが妥当かもしれないな」
その問いかけに答えたのはレミアだった。
彼女は顎に手を当てて、ややうつむき加減に話す。その姿に――。
「どうしたの、レミア。他になにか気になることでも?」
――ボクは、どこか違和感を覚えてそう訊ねた。
すると赤髪の少女は、少しだけ驚いたようにこちらを見る。
そして少しだけ考えてから、しかし首を左右に振るのであった。
「いや、すまない。確証のないことは言うべきではない、と思うのだ」
レミアはこちらを向いてそう言う。
ボクは彼女の言葉に、うなずくしかなかった。
たしかにここで不必要な不安を抱くのは問題かもしれない。特にエリオ辺りは少し、そういった部分に弱かった。だとすれば、それが正しい。
しかし、少女の想定する最悪の事態とは何なのか……。
「………………」
それが気にはなった。
だから、せめて自分だけでも、と。
レミアに近付いて訊ねようとした――。
「――カイルさんっ! アレを見てください!!」
「え……? アレは――リリスさんっ!?」
その時だった。
ちょうど第十階層に足を踏み入れた時、見知った女性の背中を見たのは。
戦斧を背負った女性が、暗がりの中に立っている。そして、フラフラとした足取りで奥へと進んで行った。まるで、霊体の魔物であるかのような、そんな雰囲気で。しかし、何度目をこすって確認しても違いない。そこにいたのは、ボクたちの大切な仲間だった。
「あ、待って! リリスさん!!」
「待て、カイル!!」
だが、その人はふらりとさらに奥へ。
思わず声を上げながら、ボクはそれを追いかけた。
後ろからはレミアの制止の声が聞こえたけど、止まれない。だって、ようやく大切な仲間と再会できたのだから。嬉しくないわけがなかった。
「リリスさん、どこに――」
そして、彼女が消えていった道を曲がる。
名前を叫んで、前を見た――瞬間。
「――――――――」
ボクは、声を失った。
何故ならそこにいたのは、ボクの知るリリスさんではなかったから。
そこにいたのは、ボクのあずかり知らぬ別のなにか。ちらり、こちらを振り返った瞳にはギラギラとした赤の輝き。口元には、なにを喰らったのであろうか――どす黒い血痕。手には、何かしらの魔物のモノであろうと思われる肉片。
呼吸は荒く、まとう雰囲気も逆立っていた。
そこにはいつもの、礼儀正しかったリリスさんの面影はない。
「貴女は、誰――?」
思わず、口をついて出たのはそんな言葉だった。
それはあまりに悲しい響きだったけど、その感想しか抱けない。
「カイ、ル……さん……」
魔物の肉を喰らう女性は、そうボクの名を呼んだ。
その声には、名状しがたい感情が込められているように思われた――。




