4.リリスの願い
「アレは、何だったんだろう……」
「知らぬ。ただ、言えるのは妾たちが死なずに済んだ、ということだな」
ボクとレミアはそう言葉を交わしながら、洞窟内の物陰に隠れていた。
凶悪な魔物の群れは、あの後こちらには脇目も振らずに通過していったのである。それはまるで、何かから逃げているかのようでもあった。
その魔物の挙動はひたすらに謎ではあるが、ひとまずは助かったらしい。
ホッと胸を撫で下ろしながら、しかし問題にも目を向けた。
「リリスさんは、大丈夫かな」
そう、それは仲間の一人とはぐれてしまったこと。
魔物たちの動きからして、襲われていることはないと思うのだけど。それでも、安否不明なままなのは不安で仕方がなかった。
ボクが言うと、涙目でこちらの服にしがみ付いていたエリオは言う。
「リ、リリスさんは僕たちとは逆――むしろ、魔物たちのきた方向に走っていくのが見えましたよ。それでも、襲われている様子はなかったので大丈夫かとは思うのですけど」――と。
その証言に、首を傾げてしまった。
どうしてあの状況で、生き残る最善の道を選ばなかったのか。リリスさんの行動には謎だった。それはまるで、なにかより重要なモノを見つけたような……。
「とにもかくにも、仲間は探さねばならぬ、だろう? カイルよ」
「それはそうだね。ボクたちも、下層を目指そう」
「ひぃっ!? か、下層に行くんですか!?」
レミアの提案にエリオは震え上がっていたが、こればかりは仕方ない。
とにかくボクたちは可及的速やかに、リリスさんを発見しなければならないのであった。それに、今は下層へと降りても大丈夫だと確信がある。
「大丈夫だよ。魔物の気配は、感じられないから」
「そ、そうなんですか……?」
「カイルの言う通りだぞ」
こちらの見解に、エリオが不思議そうに返す。
しかしそれに対してレミアが肯定の意を示すのであった。
そうなのである。今の下層部には、魔物の気配がまるでない。つまりはもぬけの殻であり、何もないはずだった。だが、そうなのだとしたら――。
「…………」
――何故だ?
どうして、魔物たちは逃げていた?
どうして、リリスさんはそこを目指した?
ボクの胸の中には、そんな疑問が渦巻いて消えることはなかった。
そして、その答えが出た時。それはすなわち――。
「……行こうか」
――パーティー離散の危機なのだと。
その時のボクはまだ、知らなかったのである。
◆◇◆
リリスは走っていた。
逃げ惑う魔物の群れを縫うようにして、ただ一つの目標に向かって駆けていた。
「――――――」
それは、悲願だった。
それは、念願だった。
それは、懇願だった。
少女の頃から求めてきたモノ。
そして、冒険者となった後も絶えず追いかけていたモノ。
それを見た。それが、すぐ近くにいた、という確信を得たのであった。
「はっ……はっ……!」
魔物の集合を抜けた頃、次第に息が切れ始める。
まるで、まだ未熟だった――数百年前に戻ったかのような、そんな感覚。
でも、それも仕方なかった。何故なら彼女にとってはそれが、生きる意味だったのだから。その存在を追いかけてきたから、惑わずに、真っすぐに進んでこれたのだから。胸の高鳴りを抑えろと、そう言う方が無理難題だと言えた。
「ようやく、ようやく貴方に会える……っ!」
女性はただの少女になる。
まるで、恋に恋する年頃かのように。
そんな純情に満たされた心持ちにのまま、彼女は叫ぶ。
「ようやく、私は貴方を殺すことが出来るのです!」
愛しい人の名を。
「ヴィトイン卿!」――と。
求め続けた宿敵の名前を。
彼女は走った。
すべてを失くしても良い。
そんな気持ちを抱いて、ただ純粋に……。




