3.特訓、そしてハプニング
――洞窟五階層。
比較的浅いこの階層で、ボクたちは特訓を行うことにした。
そして何よりもルゥがどのくらい戦えるのか、その様子見も兼ねている。使い魔になってしばらく経つが、このドラゴンは実戦経験がないのであった。
「さぁ、ルゥ。準備はいいかな?」
「キュキュキューっ!」
肩に乗っていたルゥを下ろす。
そう声をかけると、軽快で元気な鳴き声が返ってきた。
「五階層――となると、相手はデイモンか。大丈夫なのか、カイル?」
使い魔の背中を見ながら、レミアがそうぽつりと言う。
「大丈夫だと思うよ? それに仮に危なくなったら、ボクたちが助けに入れば良いだけの話だと思うからね」
「むぅ。たしかに、言われてみればそうだな」
赤髪の少女は顎に手を当てて頷いた。
そのことを認めてから、ボクは後方に控えていた二人のうちシーフの少年に声をかけようとする。が、それよりも先にその視線に気づいたのか、彼――エリオは満面の笑みでこちらに駆け寄ってきた。さながら、待てを解かれた犬のように……。
「呼びましたか、師匠!」
「……いや。まだ呼んでなかったんだけどね?」
その姿にボクは冷や汗をかきつつ。
しかし、すぐに気持ちを切り替えて指示を出すことにした。
「一応、周囲の状況に気を配っておいてくれるかな。なにか異変があれば、すぐに知らせてくれると助かるんだけど……」
「はい、分かりました! それでは行ってきますね!!」
「……まだ、話の途中なんだけどなぁ」
だけれども、エリオはすべてを聞く前に走って行ってしまう。
そんな彼の後ろ姿に少しだけ呆れたりもしたが、別段、問題はないだろう。
そう思ってもう一人の仲間に声をかけた。リリスさんだ。彼女はどこか心ここに非ずな表情で立っている。クエスト中に気を抜くなんて珍しいとは思ったけど、そういうこともあるのだろう。
「リリスさんは、万が一に備えて後方の警戒をお願いします」
「…………分かりました」
こちらのお願いに、数拍遅れてから返事をするリリスさん。
やはり何か考え事をしているらしい。――それも、そのはずか。自分の追いかけてきたヴァンパイアが、自分の仲間の中にいたのだから。
もしボクが彼女ならば、それは並大抵の苦悩ではないはずだった。
「――カイル、きたぞ!」
そんなことを考えていると、どうやら相手が姿を現したらしい。
出てきたのは予想通りのデイモン、二体。個体としてはそこまで強くないのか、感じられる覇気はそこまで大きくはなかった。
「それじゃ、ルゥ。とりあえず思うように戦ってみて?」
「キュキュキュ!」
ボクの言葉に、ルゥは元気いっぱいに応える。
そして、一直線にデイモンの群れの中に飛び込んでいくのであった。
「キューっ!」
そこからは一瞬の出来事。
ボクの使い魔は、一番近くにいたデイモンに躍りかかったかと思えば、次の瞬間にはその短い尾で――その魔物の首を弾き飛ばしていた。
断末魔を上げる暇すら与えず。大量の血が噴出した……。
「………………」
「………………」
それを見守るレミアとボク。
二人そろって、その思わぬグロテスクな光景に言葉を失っていた。
「キュキュッキューっ!」
続いての攻撃は【ブレス】によるもの。
かのエンシェントドラゴンほどではないものの、たしかな熱量をもったそれは、一瞬で一体のデイモンを消し炭に変えた。
こちらもデイモンさんに見せ場なし。いと哀れ……。
「キュキュキュキュ~っ!」
魔素に還元されるデイモン二体の前で、ご満悦なルゥ。
どことなく、こちらに向かってドヤ顔をしているような気がしないでもない。
そんな小さなドラゴンを見ながら、ボクとレミアはコソコソとこんな会話をするのであった。
「これ、どうなの?」
「妾に聞くな。お前の使い魔であろう」
「いや、そうなんんだけど。思った以上に強くて……」
……うん。ボクは、このドラゴンの力量を計り間違えていたらしい。
よくよく考えてみれば、子供とはいえあのエンシェントドラゴンの血を継ぐ存在なのであった。そう考えてみれば、このような結果は分かり切っていたのかもしれない。しかし、これは嬉しい誤算なのかもしれなかった。
「とりあえず、お疲れ様。もう戻っていいよ、ルゥ」
「キュキュ!!」
そんなわけで、ひとまず使い魔を呼び寄せる。
再び肩に乗せて頭を撫で、今ほどの戦いを労う。するとルゥは嬉しそうに頭をこちらに擦り付けてきた。どうやら、認めてもらえたのが素直に嬉しいらしい。
その姿を見て、ボクはどこか自身を重ねて微笑ましくなるのであった。
「さて。それじゃ、今回はこの辺りにして――」
そんな思いを抱きながら、しかし気持ちを切り替える。
パーティーメンバーに、帰還の号令をかけようと思った――その矢先だった。
「――師匠!? 大変です!!」
「ん? エリオ、どうしたの……?」
シーフの少年、エリオが血相を変えてこちらに戻ってきたのは。
不思議に思いながら、その理由を訊ねた。その時だった。
「――――――――――!?」
洞窟全体に轟くような、そんな地響き。
それと同時に、ボクたちの視線の先――洞窟の奥からは、どこか見覚えのあるような、まさしくデジャヴと言っていい光景が広がっていた。
――――また、ですか?
やってきたのは、アークデイモン、ヒュドラ、レッドドラゴン。
なんだろうか。以前にも、こんなことがあった気が……。
「……って、そんなこと考えてる場合じゃない!」
ボクは懐から真新しい杖を取り出した。
そして構える。臨戦態勢だ。
そんなわけで例によって。
ボクたちのクエストは、一筋縄ではいかないのであった……。




