新居での出来事 Ⅲ
――そして、その時はやってきた。
「さて。それじゃ、今日も一日頑張ったし……ん?」
その日。クエストを終えたボクは帰宅後すぐにお風呂に入ることにした。
以前に住んでいたボロ屋では考えられなかった、広々とした浴場でのひととき。それはボクにとって毎日の楽しみ、そして癒しとなっていた。
しかしその日に限っては、何やら違和感があったのである。いや、それはもう異変と言ってもよかった。何故なら脱衣所にしまってあるはずの……。
「おかしい。下着が、一枚足りないぞ……?」
そう。そうなのであった。
引き出しの一つにあるボクの下着。そのうち一枚がなくなっていた。
意外に思われるかもしれないが、ボクはそういった日用品などについては小まめに整理整頓する方だ。少なくとも、個人的にはそう思っている。
「変だ。昨日はたしかに二十三枚あったはずなのに……」
そのため、気付くことになったのだ。
いま履いている一枚を除いた二十四枚のうち、一つが欠けていることに。
ボクは上半身裸の状態のまま、その場で首を傾げる。そして記憶を必死にたどるのであった。昨日、ボクの後にお風呂に入ったのは誰だったのか、を。
「いや。違う……ボクは昨日、最後に入ったはず……」
しかし、その推理はすぐに暗礁に乗り上げた。
誰かが間違えて取り出したのか、と考えたのだが――それはあまりに可能性が低い。それに、思わず口に出したように昨日、最後に入ったのはボク自身だった。
そうなってくると、第一の線は外れということになる。
「だったら、外部の人間のしわざ……? いや、でも……」
すると思い浮かぶ可能性は、それだった。
しかしすぐに疑問を抱く。そもそも、それをして誰が得をするというのか。
レミアやリリスさんのような美人の下着を盗むのなら、まだ分かる。それは一般的に考えて導き出される、当然の結論だった。だから――。
「――うーん。これは、ボクがどこかで失くした可能性が一番高いな……」
最終的に至ったのはそんな答え。
たしかに、考えてみれば昨日のクエストはいつもよりも少しだけハードだった。
そのことを考慮に入れてみれば、うっかりどこかに置き忘れた、というのが一番現実的な線なのかもしれない。あとで、エリオに協力を頼んで探してみるか……。
「まぁ、いっか。もし見つからないなら、新しく買えばいいし」
と、そんなこんなで。
ようやく思考の中から抜け出したボクは、裸になって浴室に足を踏み入れた。
すると出迎えてくれるのは、モクモクと立ち込める湯気。それらを払うと見えてきたのは、真新しい湯の張られた浴槽だった。
大理石の床を歩き、ボクはお湯で身体をまずは流す。
そして、ゆっくりと浴槽の中へと身を沈めていくのであった。
「……ふぅ。やっぱり、いいなぁ」
全身を解すような、温かな感触。
その快楽に思わずボクは声を出しつつ、目を細めた。
静かな時間。安らぎの時間。それをいま、ボクは享受していた。
「みんなで過ごすのも楽しいけど、一人の時間も必要だよね」
肩にお湯をかけてくつろぎつつ、ついついそんなことを呟く。
そうそう。この、一人の時間がボクにとっての――。
「――って。うん? なんだろ、この音は……」
極楽だ、と。
そう考えようとしていた時だった。
どこかから、変な物音が聞こえてきたのは。
「外、か……?」
耳を澄ますと、その出どころはすぐに分かった。
ちょうど今、ボクのいる位置の真上にある窓の外。そこから、ゴソゴソという音と共に、何やら荒い呼吸が聞こえてきたのであった。
「ん~……?」
さらに意識を集中してみる。
するとどうやら、その呼吸をしている人物は何かを言っているらしい。
ボクはそれを聞きとろうと、必死に息を殺す。そうすると、耳に飛び込んできたのきたのは――。
「――さん。カイル、さん……!」
そんな、ボクの名前を呼ぶものであった。
しかもその声には聞き覚えがある。そう、それは間違いなく――。
「――――――――――っ!!」
ボクはその結論に至った瞬間に、立ち上がって窓を開いた。
すると、そこにいたのはやはり、一人の少年。
「あっ……!」
その少年――エリオは、浴室から漏れる明かりを驚きをもって迎えていた。
照らされたその顔は上気し、赤くなっている。息は荒く、口を開けて肩で息をしていた。とろんと潤んだその瞳には、どこか艶やかさすら感じられる。
「………………」
「………………」
ボクたちの間には、沈黙が降りてきた。
何故なら少年の手に握られていたのはその、何というか、見たくない現実。直接、言葉にするのははばかられるので、失くしていたと思っていたモノ。
そう、言葉を濁しておくとしようか……。
「ねぇ、エリオ……?」
その上で、ボクは問いかけた。
「そこで、何をしてたの?」――と。
すると彼は、何度も瞬きをしてからこう答えるのであった。
「まだ、何もしてません」――と。
そのやり取りがあってから、再びの静寂。
しかし、それは本当に僅かな時間だけ。ボクは直後に――。
「――ぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!?」
そんな、叫び声を上げるのであった。
理解された方は、ボクの気持ちを分かってくれるかもしれない。
だけど警告しておこう。この意味が、すぐに理解できなかった皆様は――。
――考えてはならない。
そして、すぐにこの一連のことを忘れるべきだと……。
これが、ボクの新居で体験した恐怖の出来事。
それはきっと、今までのどんな魔物を相手にするよりも怖ろしかった……。
これにて、幕間は終わり。
次回からは第二部に入ります!!
<(_ _)>




