エピローグ
せめて、夢の中だけでは……。
――水面を揺蕩うような感覚。
私は闇の中に浮かんでいた。ただただ、静かな時間の中で。
意識がだんだんと遠退いていくのが分かった。それは、周囲と溶けあうように。
「あぁ、これほどまでに。死というのは孤独なのですね……」
そう呟く。誰もいないというのは分かっていても、呟かずにはいられなかった。
誰にも届かないとしても、誰も見向きもしてくれないとしても。
私は今の自分を伝えたかった。
「でも、不思議と不安ではありませんね。それもきっと……」
最期に、彼の温もりに触れられたから。
それを胸に秘めて、私の心は驚くほどに澄み渡っていた。
いまこの時に至ってようやく、純情というモノを理解できたのかもしれない。自身の中にもあった、人間と変わらない、同じ気持ちの動きを。
――もしも、の話になるが。
今ならきっと。
この心ならきっと、あんな歪んだ間違いは犯さないかもしれない。
カイルとイリア、そして他でもない――最愛のレオ。彼らと一緒に、笑って毎日を過ごすことができるのかもしれない。本当の仲間として……。
「――――――――――っ」
……あぁ、どうしてだろう。
胸が、締め付けられるように痛かった。
いいや。理由は分かった。それは、もう戻れないのだと、そう気付いたからだ。私はもう、あの輪の中に入ることは出来ない。許されるわけがなかった。
――私が本当に欲しかったものは、なにか。
すると唐突に浮かんだのは、そんな問いかけだった。
私の欲しかったもの。それは果たして、本当にレオだけだったのか。
いいや違う――と、今なら分かる。私が欲しかったのは、もっと根本的なモノだった。それは誰かとの繋がり。そうきっと、誰かと手を繋ぎたかっただけだった。
「あぁ、私はホントに馬鹿ですね……」
自嘲的な言葉が漏れる。
口にした時、ついに感情がこぼれ始めた。
「会いたい、みんなに……っ!」
そして生まれたのは、そんな願い。
会って謝りたい。会って会話したい。会って、手を繋ぎたい。
――――それが、私が本当に欲しかったもの。
それを抱きしめた瞬間。
ついに、私の意識の欠片は闇の中に沈んでいくのであった……。
◆◇◆
目を覚ますとそこは、セピア色の懐かしい景色だった。
場所はギルド。その中心で、私はただただ立ち尽くしていた。
「……あれ。ここは?」
周囲を確認する。何度見ても間違いない。
そこは、私の『冒険者として』の居場所だった。
そしてそこには、当然のように彼らがいる――そう、あの三人が。彼らは楽しげに会話をして、にこやかに笑っていた。その光景は、セピア色の世界でも輝く。
「みんな……っ」
それを見て、涙が込み上げてきた。
あぁ、いま目の前にある。私の理想が、壊すことしか出来なかった理想が、そこには存在していた。夢幻でも構わない。触れたい。そう、思った。でも――。
「――――――――っ」
手を伸ばしかけて、止まる。
果たして、自分にその権利があるのだろうか、と。
私のような罪にまみれた者が、その純粋に触れてもいいのだろうか、と。
だから踏み出せなかった。あと一歩が、あと一声が、どうしても出なかったのだ。震える。全身の震えが止まらない。これが罰なのであれば、なんと惨いのか。
『手を、伸ばせばよかった』――と。
その時だった。
聞こえた気がした。最期に聞こえた、彼の言葉が。
「レオ…………」
そうだ。そうだった。
ここで止まっては、きっと変わらない。
そう思った瞬間に私は、声を張り上げていた。
「レオ! カイル! イリア!」
一直線に、駆け寄る。三人に。
緊張に息を切らして、私はかつての仲間に駆け寄るのであった。
そして、手を差し出す。うつむいたまま、謝罪をするように、懇願するように。羞恥と恐怖が私の胸を締め付けた。これで、もしも拒絶されてしまえば――。
「――何やってんだ? お前」
「え……?」
レオの声。
私は面を上げた。すると、そこにあったのは――。
「――なに、一人でいるんだよ。クリム」
朗らかな、彼の笑顔だった。
いや、彼だけではない。カイルとイリアも、同じだった。
三人は私を見て、優しく微笑んでいる。そして、誰からともなく――。
「――あっ!」
私の手を取った。
夢幻なのに、そのはずなのに、とても温かい。
四人の手が重なった。一つになった。初めて私たちは仲間に、なった。
「さぁ、行こう!」
「行こうよ、クリム!」
「クリムさん、いきましょう!」
三人が口々に言う。
私は、とうとうこらえられなかった。
大粒の涙が頬を伝っていく。でも、それを拭って笑った。
「――――はいっ!」
そして、元気いっぱいに答える。
まるで子供のように。私は、一歩を踏み出した。
これが、私の終着点。
それでも、とても幸福な結末。
もしもこの景色を今度、守る機会があるのならば。私はきっと、死力を尽くしてこれを守るだろう。種族も何も、関係なく。そうすべては――。
――――大切な、家族のために。




