6.決着
――一合、二合、三合。
打ち鳴らす金属音。ぶつかり合う刃の反響。
衝撃は全身に、波紋の如く広がっていった。叩きつける、振り払って、振り下ろす――疾走し距離を詰める度に、互いの命を狩らんとした一撃を見舞う。
声などない。
あるのは刃の噛み合うそれと、それを埋めるような呼吸の音。
ボクらは踊るようにして殺し合う。ほんの数ミリメイルの差で、命を落とすようなやり取りが続いていた。その距離感、緊迫感、そして昂揚感。
あぁ、まただ――どうしても、心地良い!
どうしてこうも、死の寸前の果し合いがここまで気持ちいいのか!
ボクは一秒、また一秒と時が経つにつれて興奮していった。これは、この感覚の正体はいったい何なのか、それはまだ分からない。けれども、その気持ちが高まるたびにボクの剣の速度は増していく。戦闘は加速し、迫真とし、劇薬と言っても過言でもないモノに変わっていた。
弾く、薙ぐ――斬り伏せる!
その一挙手一投足に込められたものが、次第に強くなっていった。
踏み込む足に込められた力も、腰の回転も、何もかもがボクという存在の先を行く。追い付きたい。その世界に飛び込みたい。その一心でボクは剣を振るった。
敵はもはやクリムではない。
敵はもはやどこにもいない。
越えるべき壁はボクの目の前。そう――自分自身!
「――――――――――――!」
刹那、僅かな綻びを見つけた。
クリムの黒剣は鈍りを露呈し、須臾の遅れを生じさせる。
それに乗じてボクはさらに加速した。少しずつ、生まれる隙を突きクリムのことを追い詰めていく。彼女の防御を剥がしていく――!
『――――――――――――!』
そこにきて、相手の息遣いが変化したのが分かった。
余裕がなくなり、どこか焦ったように早く、そして熱さを増していく。おそらくは、劣勢に立たされたことを彼女も理解してるのだろう。挽回しようと、今までとは違う角度で剣を繰り出してきた。それでも、その行為は尚のことボクへと流れをもたらす。次第に、隙は大きく、明らかになっていった。
その、時だ――。
『憎かった。憎かった、憎かった憎かった!!』
「…………クリム?」
――打ち合いの最中。
クリムがボクだけに聞こえるような声で、そう言ったのは。
『私だけを見てほしかった。それだけだったの! それなのに、それなのにどうして!? 私は認められなかった――こんなに、想っているのに!!』
それは、悲鳴。
あまりにも切ない、彼女の泣き声。
『分かってる――この気持ちが歪んだモノだなんて、私が一番分かっている!!』
赤き涙を流しながら。
『それでも、私は――』
クリムは、叫ぶのだ。
『――レオのことを、愛してるの!!』
そう、真っすぐな気持ちを……。
それには混じり気もなにもなく、裏もなく、あるのはただただ純粋だけ。
ボクは彼女の言葉にハッとする。気付いてしまった。彼女がいったい、この戦いの末に何を見ているのか、を。そして、『あの言葉』の真意を――。
「――――クリム!!」
でも、だからこそ止まれない。
ボクは力の限りに、クリムの持つ剣を払った。
『――――――――――――!?』
すると、彼女の黒剣は弾き飛ばされる。
数メイル先にカランと転がったそれ。クリムは視線でそれを追ったものの、拾いに行こうとはしなかった。それはもう、結末を受け入れたかのように……。
「ごめん、クリム……」
『ふふふっ。最後の最後に謝るのは、やっぱり貴方らしいですわね――カイル?』
言って、彼女は静かに目を閉じた。
ボクはその胸に剣を突き立て、目を瞑る。そして思った。
――――どうして最後の瞬間は、こんなにも儚く。そして悲しいのか。
◆◇◆
『眩しかった。貴方たちの関係が、私には眩しすぎたのです……』
仰向けに倒れるクリム。
魔素へと還元されながら、彼女は唐突に口を開いた。
『私には、私のやり方では、壊して奪い取ることしか出来ない。絆を築き上げていく貴方たちとは異なり、私はそれを崩すことでしか、何も手に入れられなかった』
それは、今まで隠してきた本心。
『このままでは、レオのことも壊してしまう。でも私にとってはそれが快楽であり、在り方だった。それ以外の方法を知らなかった……』
それはきっと、彼女の後悔にも近かった。
これはボクの憶測だけど、クリムはもしかしたら止めて欲しかったのかもしれない。自分の愛し方では、待っているのは破滅だけだから。
レオには幸せになってほしかったから、彼女は命運をこの戦いに委ねた。
もし、そうだとすれば――なんと清い恋心なのだろうか。
たしかに、クリムのやってきたことは許されることではない。
それでもこの想いだけは、誰にも否定することは出来ないのではないだろうか。
少なくともボクはそう思った。だから静かに、消えゆく彼女に安らかな眠りが訪れることを祈る。あるいはそう、せめて最期に彼女の願いを叶えること。
それくらいは。
そんな些細なことくらいは、許されるのではないだろうか――。
「――――――――クリムっ!!」
そう、このように。
最後の最後に、想い人と寄り添うことくらいは。
『レ、オ……? どうしてっ!?』
階段を駆け下りてくる彼を認識したのだろう。
クリムは困惑した声色で、そう声を上げるのであった。
しかしすぐに、自身の姿が彼のよく知るそれでないと思い出したのだろう。ひどく動揺した様子で顔を隠す。そして、涙する少女のような声色でこう言った。
『や、やめて!? ――見ないでっ!!』
魔族としての自分の姿を恥じて。
人のそれではくなった自身を呪う、そんな声で。
『こんな醜い姿、見ないで! レオにだけは、見られたくなかったのに……!』
光の中に溶けてゆくその最中。
彼女は泣きじゃくっていた。恋する少女、そのままに。
愛しい人には、どうか綺麗な姿のまま憶えていてもらいたいというように……。
『あぁ、あぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
泣き声が響き渡った。
それは、見ようによっては悲劇だったかもしれない。
しかしそれを止める者がいた。そう、それは他でもない――。
『――ひっく。……レ、オ? なにを……?』
「馬鹿かよ。大切な仲間がボロボロになってんだ。それを見過ごせるわけがねぇだろうがよ……」
大切な、想い人――レオ。
彼はクリムを後ろから抱きしめると、泣きそうな声でそう漏らした。
『でも、わたしは……』
「本当に、馬鹿だぜ。お前は昔から馬鹿だ。本当に……仲間に入れてほしいなら、自分から言わないと駄目だって、そう教えただろうが……っ!」
『――――――――――!?』
そして、クリムの言葉を遮って言う。
すると驚き、彼女はレオの顔を見るのであった。
『そんな。レオ……憶えていたの……?』
「憶えてるっての。俺のこと馬鹿にすんのも、いい加減にしやがれ……!」
レオはいっそう強く。
壊れてしまうのではないかというほど強く、クリムのことを抱きしめた。
二人の間にあった絆を確かめるように。絡みあった糸をもう一度、解き、結び直すかのようにして。肩を揺らしながら、自らを陥れようとした彼女のために……。
「……ありがとうな、クリム。こんな馬鹿を好きになってくれて」
彼は、感謝を口にした。
その瞬間に、光が弾ける。決して綺麗とは言えないその輝き。
それでも今ばかりは、どんな輝きよりも美しく、純粋であると思われた。
そして、その光が収まった時。
残されたのは――。
「……ありがとう。本当に、ありがとな」
――自身の両肩を抱きしめ、震える一人の青年だけであった。
一人の魔族の生涯が、ここで終わった。
だけどそれは、決して悲しい終わりではなく。
ほんの少しの後悔と、幸せに包まれたモノに違いなかった……。
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