5.決戦 Ⅱ
???視点→カイル視点→リリス視点です!
『――お前、一人なのか?』
『え……?』
私に、彼はそう声をかけた。
それはほんの気紛れだったのか。それとも、何かを意図しての言葉だったのか。
いいや、そのどちらでもないだろう。彼は何も考えていなかっただろうし、同時に誰に対しても平等にそう声をかけたに違いなかった。つまりは打算のない言葉。
『え、あの。私は――』
『――まぁ、どうでもいいけどよ。そんな隅っこにいたら、誰にも遊んでもらえないぜ? 仲間に入りたいなら、まずはこっちにこないとな』
手を差し出した彼。
きっと、今の彼はこのことを憶えていない。
それでも良かった。この頃の弱々しい自分を憶えられていたら、恥ずかしくて、悔しくて仕方がない。ただそれでも、私だけは憶えていようと。そう誓った。
『さぁ、遊ぼうぜ!』
『――はいっ!』
いつかきっと、彼を見つけ出すために。
そしていつの日か、彼に振り向いてもらえる自分になろう、と……。
◆◇◆
――本気を出させる。
そう語ったクリムは、全身に魔力をまとっていた。
そしてその姿は人の形をしたそれから、打って変わって異形となる。
右半身が黒化し、炎の波紋のように揺蕩っており、しかし確かな質量を感じさせた。左半身は紫に変色して、その手には黒剣が握られている。着ていたドレスはその身と同化し、吹き止まぬ風になびいていた。
『さぁ、これで……本気を出さざるを得ないと、分かりましたか?』
血涙を流したかのような目でボクを見て、クリムは言う。
その口角は吊り上り、まるで鋭い三日月のようになっていた。吐き出される言葉は、どれも反響したような不思議な音となってボクの耳に届く。
『これが私の真の姿――貴方たち劣等種とは異なる、より高度な存在です』
魔力の高まりが、肌を刺すように分かった。
見れば後方に控えるレミアも、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。きっと魔法使いとしての素養が高い彼女には、より鮮明にクリムの異常性が分かるのだろうと思われた。――これが、魔族。その力を解放した姿。
「カイルよ、すまない。この時間帯の妾では、太刀打ちできそうにない……」
「そっか。分かった、下がってて」
そう考えていると、レミアが小声でボクに告げた。
やはり、ボクの考えは正しかったようである。つまりクリムを越える可能性があるとすれば、それはボクの力だけということだった。
先ほどのように魔法が通じない相手なのなら、勝機を見出せるのは近接戦。
幼馴染の剣を握り締め、ボクはクリムを見据えた。
「……クリム。本当に――」
『――しつこいですわ。私を殺さなければ、そちらの全員が死んでエンド。私が死ねば、レオを救い出すことができる。単純明快ではないですか?』
「……………………」
そして、せめて最後に言葉を交わそうと思ったが、クリムがそれを遮る。
もう話し合う段階はとうに過ぎているのだと、そう言わんばかりに。
「――――――――くっ!」
ボクは唇を噛んだ。
悔しく感じると同時に、怒りもわいてきた。
どうしてみんな、ボクを置いて勝手な話ばかりするんだ、と。どうして誰も、ボクに一言の相談もしてくれなかったんだ、と。
――――そんなに、ボクは頼りなかったのか。
せめて誰かの心に寄り添うことが、ボクに出来たのではないか。
後悔が、ここにきてドッと溢れ出してきた。そして、頬を一筋の涙が伝う。
「――っ! 行くよ、クリム!!」
それを、服の袖で拭った。
口にするのはかつての仲間、家族への訣別の言葉。
「えぇ、終わらせましょう? この長かった悪夢を……」
クリムはそれに応えるようにして、黒剣を構えるのであった。
そして、互いに合図などなく同時に駆け出す。
その後に響くのは、互いの首を狩ろうとせん剣の打ち合う音。
ボクが望んだ結末とは程遠い、悲しい音だった。
◆◇◆
玄関ホールを見下ろせる場所に出た私たちは、そこで異次元の戦いを見た。
Sランクの私の目をもってしても、追いかけるのがやっとの動き。互いに一歩も譲らぬ魂のぶつかり合い、いいや――そうではない。これは、もう決していた。
この果し合いは、すでに決まった結末に向けて、過程をなぞっているにすぎない。徐々にだが、カイルさんがその力をもってして圧倒し始める。
「凄い。ここまで、凄い戦いは……」
見たことがなかった。
桁が違う。そんな言葉で計れるモノではない。
その男に並び立つ者なし。そう言っても、過言ではなかった。
「アビス。お前が見せたかったのは、これなのか?」
私は、目の前で繰り広げられる戦いに胸を躍らせつつ。
しかし冷静を心がけて、隣の魔族に問いかけた。するとそいつは、ニタリと笑って首を左右に振る。そして、私が担いでいるレオに手をかけた。
「いえいえ。楽しいのは、この後ですよ……?」
言って、アビスはレオになにかしらの魔法を施す。
それは決して命を奪うようなそれではなく、むしろ何かを解くようなモノ。
「さぁ、目覚めなさい。浅慮かつ愚鈍な元リーダーよ」
アビスは、最後にそう口にした。
そうすると、先ほどまでピクリともしなかったレオが動く。
「――あ。俺、は……?」
寝惚けたように、声を発した彼は顔を持ち上げる。
その視線の先に映ったのは――。
「――――――――――っ!」
かつての仲間たちの繰り広げる戦い。
それを見て、レオは私の肩から抜け出した。そして――。
「カイル、クリム――――!」
そう、叫んで走り出す。
戦いのその只中に向かって。
あぁ、なるほど。
私はアビスの魂胆が見えた気がした。
そして、同時に思う。この男とは、決して相容れないと――。
戦いの終わりは近い。
ただ、願うとすれば――すべての者に、後悔がないように、と。
そう静かに神へと祈りを捧げつつ私は、リリス・レスキネンは、一つの物語の行く末を見守るのであった……。




