4.決戦 Ⅰ
黒き剣が迫りくる。
初撃は右から振り払うように。ボクはそれをしゃがむことで回避し、クリムに足払いを仕掛けた。しかしその攻撃はいとも容易くかわされる。
まるで踊るように後方へステップを踏んだ彼女は、タメを作ってから体勢の悪いこちらへ突っ込んできた。振り下ろされたクリムの二撃目。どうにか、ボクはそれをレオの剣を盾にすることで防ぐ。単純な力は拮抗してるように思えた。
「――――――――ぐっ!」
その細腕のどこから、こんな力が出てくるのか不思議でならない。
ボクは圧し切ろうとするクリムの笑みを見ながら、そんなことを考えていた。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。眼前に在る強敵を前に、そんな余分な思考は捨てなければならない。――その、はずだった。
「ふふふっ。ずいぶんと楽しそうではないですか、カイル?」
「そう、かな……?」
ボクの思考を読んだかのように、かつての仲間は言う。
「だって、笑っていますもの。とても嬉しそうに……!」
ボクの顔を見て。
その通り。彼女の言う通りだった。
これは間違いない。エンシェントドラゴンと戦った時と同じ感情だ。言いようのない、表現できない昂揚感。それに近いものを今、ボクは抱いていた。
「カイル! ――下がれっ!」
その時である。
不意に、レミアの警告が聞こえた。
魔法の詠唱が終わったのだ――と、瞬時に判断したボクは、受け止めていたクリムの剣をいなして後方へと飛び退る。するとそれと同時に、少女の声が響いた。
「圧し潰せ――【グラビディ】!」
直後、クリムを中心に魔方陣が展開される。
そしてその陣の上の空気の質が、鉛のそれを超えた重量に入れ替わった。
確実に敵を捉えたそれは、屈強なデイモンでさえ圧倒する上級魔法。しかしクリムは、その効果範囲の中で不敵な笑みを浮かべるのであった。
腕をゆっくりと前に突き出したかと思えば、小さくこう口にする。
「では、こちらも――【グラビディ】」――と。
不味い――そう思った時にはもう、ボクたちの足元には同様の魔方陣があった。
そして、轟、という音。全身に、信じられない負荷がかかった。
骨が軋む。その音が、身体中から聞こえてきた。
「レミア……っ! そっちは、大丈夫!?」
ボクは歯を食いしばってそれに耐えつつ、少女へ声をかける。
「だ、大丈夫……だ! それよりもカイル、前を!!」
「――――――――っ!」
すると、彼女からはそんな忠告が飛んできた。
見れば先に【グラビディ】の影響がなくなったクリムが、こちらへ目がけて駆けてきている。そして自ら魔方陣の中に飛び込み、その勢い、重みを使った一撃を繰り出してきた。ボクは何とか剣を構えてそれを受け止め、耐える。
しかし、腕を伝う衝撃は尋常なモノではなかった。
「ふ、うぅ――――――――っ!?」
踏ん張った直後に、床に足が沈む。
その衝撃は【グラビディ】の範囲内に広がり、気付けばそこだけに大きな窪みが出来上がった。クリムはこらえるボクに顔を近付けて言う。
「さぁ……! いかがですか、カイル――私の魔法の味は!?」
「な、なかなか……だね」
それは皮肉なのであろうか。
しかし今は、そんなことを気にしている場合ではなかった。
その会話の直後に魔法の効力は切れ、桁外れの重力から解放される。クリムはそれを見て後方へといったん、距離を取った。そして、ボクを見てこう口にする。
「しかし、それにしても。まだどこか、私に遠慮しているのではありませんか? 貴方の力はそんな程度ではないでしょう――カイル」
そう、どこか残念そうに。
「…………………………」
「カイル……?」
その言葉に、ボクは黙った。
レミアはそんなボクの様子に、どこか不安そうな声を発する。
たしかに、クリムの言う通りだった。ボクはまだ、心のどこかで彼女に遠慮をしていた。それは仲間だったから、というような甘いモノではなく。しかし、それに似た愛着によるモノであった。そして、同時に――。
「――本気を出せば、私を殺してしまうかもしれない?」
そんなボクの不安の一端を、クリムは言い当てた。
そうだ。ボクはまだ、心のどこかで彼女のことを案じている。
この戦いの昂揚感に身を任せていれば、勢い余って彼女のことを殺してしまうのではないか、と。もし殺さなくて済むのであれば、そちらの道を選びたい、と。
――――それはきっと、ボクの甘さだ。
「なめられたもの、ですわね」
「………………」
クリムは不快感をにじませた顔をする。
そして次に口を開いた時、彼女は信じられないことを口にした。
「よろしいのですか? このままでは――」
それは、思ってもみなかったこと。
まさか彼女が、そのようなことを考えているとは、
「――私は、レオを殺してしまいますよ?」
思ってもみなかった言葉だった。
「え……?」
ボクは思わず呆気に取られる。
しかし、そんな間抜けているボクの隙を突こうとはせず。クリムは淡々と、感情のない声色でこのように続けるのであった。
「私はこのままだと最終的に、レオのことを殺すでしょう。まさかカイルは、魔族が本気で人間を愛するなどと、思っていたのですか?」――と。
それを聞いたボクの背中に、冷たい砂が流れていく。
「そん、な……」
「別段、おかしなことではないでしょう? 私の感情は歪んでいる。私の愛情は歪んでいる。もしも、それを聞いても本気が出せないというのであれば――」
クリムは目を細めた。そして、
「――本気を出せるように、してさしあげますわ!」
瞬間、空気が変わった。
クリムを取り巻く空気そのものが、大きな魔力の渦に変化する。
一陣の風が吹き抜けて、ボクとレミアは思わず顔を覆った。その次に面を上げた時、その視線の先にたっていたのは、信じられないモノ。
クリムの――魔族としての、真の姿だった……。




