10.動き始める……
最後はクリム視点。
「あれ……? ボクは、どうして……」
目が覚めると、そこはギルドの処置室だった。
ベッドに寝かされていたボクは、ひとまず身を起こして周囲を確認する。
ボクの寝ているモノ以外に、ベッドは残り二つ。うち一つは使用中なのか、カーテンによって仕切りが作られていた。窓の外はもう日が明けそうな頃合いだ。
「あれから、どうなったんだ……?」
そう呟きながら、ボクは自身の左足を確認する。
するとそこには包帯が巻かれていた。しかし痛みはなく、とてもアークデイモンの【ショット】をまともに喰らったようには思えない。
だとしたら、アレは……。
「……夢、だったのか?」――と。
そう、思わされた。
そう考えでもしないと、いまこうやって生きていることが理解できない。
絶望的な状況だった。それほどまでに死が、目前へと迫ってきていたのである。そんな場所から、どうしてボクは生還できたのだろうか――。
「――――カイル、くん?」
その時だった。
どこか、聞き覚えのある声が聞こえたのは。
その声がしたのは、使用されているもう一つのベッド。その仕切りの向こう側からであった。ボクはそれに対して、思わずこう返事をした。
「イリア……?」――と。
間違いない。そのか細い声は、元パーティーの少女のそれだった。
苦しげなそれに、ボクは思わず身を乗り出す。そして、カーテンを開いた。
「えっ……イリア。その肌は……!?」
すると、息を呑んでしまう。
何故ならそこに寝ている愛らしい少女の肌は、赤黒く変色していたのだから。
急いで駆け寄ったボクは、それに触れた。イリアは苦悶の表情を浮かべ、しかしすぐに微笑む。ボクの手にそっと触れて、小さく首を左右に振るのであった。
「えへへ。ちょっと、失敗しちゃったんだ……」
そして、そう言う。
「ちょっと失敗って、いったいなにを……!?」
「はは……うん。ホントに、ちょっとだけ――――っ!」
「イリア! 大丈夫!?」
ボクが声をかけると、彼女は突然に苦しみ始めた。
何かが身体の中で蠢いているような。それを押さえ付けるような苦しみ方だ。
「イリア。もしかして、これってヒュドラの……」
そこに至って、ボクは気付く。
たしか、昔――魔法の勉強に勤しんでいた頃。文献の中で見たことがあった。
身体の内部から、その組織を破壊していく毒。これはその、解毒不可と言われているヒュドラの毒の特徴と酷似しているのであった。
「えへへ。うん、ちょっと……ね」
ボクの問いかけに、イリアは苦笑しつつ答える。
そして、こう続けた。
「レオくんに、心配かけちゃってる……よね」――と。
それを聞いて、ボクの中で一つの謎が解けた。
そうだ。数日前に、レオは突然にヴァンパイアを探しに洞窟へ向かった。普段の彼なら、まず考えられない行動。その理由は、もしかしたらイリアのために……。
「ねぇ、カイルくん? お願いが、あるの……!」
「え、お願い……?」
そして、そんなことを考えていると、だ。
イリアはボクに向かって、こんなことを言うのである。
「レオくんを、守ってあげて……!」
必死な表情で。
彼女はボクに、一生懸命に懇願するのである。そして――。
「クリムさんは、あの人は――」
「――師匠! 目が覚めたんですね!?」
――その時だった。
処置室の扉を乱暴に開いてシーフの少年、エリオが飛び込んできたのは。
彼は歓喜に満ちた表情で、こちらへと駆け寄ってくる。そして有無を言わさずにボクの胸の中へと。遅れて、レミアとリリスさんも入ってくるのが見えた。
「起きたのだな、カイル」
「良かったです。カイルさん……」
彼女たちは口々にそう言って、ボクの顔を安堵の表情で見る。
しかし、気付くことがあった。どうにも、様子がおかしい。安堵していると同時に、なにか深刻な事態に陥っているような、そんな感じがした。
それは、少年――エリオも同じ。だからボクは、訊ねることにした。
「どうしたの。みんなそんな難しい顔して……」
すると、それに対して答えたのはエリオ。
彼は堰を切ったように、こう叫ぶ。
「聞いて下さいカイルさん! あの、クリムという女性は――」
それは、きっとイリアと同じ証言だった。
「――――『魔族』です!」
その事実は、ボクたちのパーティーだけではなく。
レオたちとの止まっていた関係もまた、大きく動かすものであった……。
◆◇◆
「アビスッ! 貴方、どうしてあの小僧を生かしたの!?」
「おやおや、申し訳ございません。想定以上にあの青年の戦闘能力が高かったらしく――」
「――言い訳は聞きたくないわ! この、役立たず!!」
私――クリムは、そう吐き捨てて爪を噛んだ。
最近になって発見し、住処とした館の自室にて従者のアビスと二人きり。無能な配下の報告を聞いていると、明け方の光にさえ苛立ちを覚えた。
本当に、魔物を配下として操ることしか能のない役立たず。こんな奴にカイルの抹殺を任せたのが、そもそもの間違いだった。
「もういいわ。下がりなさい」
「おや? クリム様――もしかして、諦めるのですか?」
そんな命令を下すと、次にアビスの口から出てきたのはそんなあり得ない話。
見れば従者は目を細めて笑っていた。なるほど、どうやら今のは彼なりの冗談だったらしい。私はそれを可笑しく思い、やや口角を上げた。
そして、こう答えるのである。
「諦める? ――何を馬鹿なことを」
「では、いかがなさるのですか? カイルと、そしてイリアは……」
「決まっているでしょう。ここまできたら、私の手で殺します。イリアに限っては、最後の最後まで苦しんで死んでいただきますけどね?」
「ふむ。なるほど……」
私の言葉に、アビスは顎に手を当てて考え込んだ。
「何か、異論でもありますか?」
「いえ。クリム様がそう思われるのであれば、私は協力するだけです」
「ふん……協力、ね。精々のところ足を引っ張らないようにしてほしいわ」
無能な従者に皮肉を言って、私は改めて窓のそとを見る。
日は完全に顔を出していた。その忌々しい輝きに目を細めて、しかし今後のことを考えて私は笑いをこらえられない。
――――最初から、こうすれば良かった。
そう。レオを手中に収めるのであれば、もっと単純な方法があった。
しかしその手段を取らなかったのは、レオに絶望を抱いてほしかったからだ。何故なら、絶望に打ちひしがれて、すがってくる駄目な人間ほど愛おしいモノはないから。ただ力をもってして奪うのでは得られぬ愉悦が、そこにはあった。
――――でも、それももうすぐだ。
そのための苦労も、間もなく。
本当にもうすぐ、私自身の手で叶えられる。
あの生意気な『人間』――カイルをこの手で捻り潰して。
「くけっ……くけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけっ!?」
――――さぁ、もうすぐですよ。待っていてくださいね、レオ?
私は愛する貴方のために、貴方を壊します。
これが私の純情。初めての恋。初めての恋慕の結末。
狂っているなんて、言わせない。
誰にも邪魔などさせない。これこそが私にとっての――。
「――――私の、愛なのですわ!」




