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7.深淵との邂逅

レミア視点のお話です。






 第五階層まで駆け抜け、妾たちは一度立ち止まった。

 しんがりを務めていたカイルの存在。それがないことに気が付いたからだ。


「待てっ! ――カイルは!?」


 妾の声にリリスはハッとした表情になる。

 そして、来た道を振り返り呆然と立ち尽くしたのだった。


「カイルさん。まさか、本当に一人で足止めを……?」

「馬鹿な! あの数だぞ!?」


 どこか力ないリリスの言葉に、妾は思わず声を荒らげる。

 たしかに、あのお人好しならやりかねない。だがしかし、それにしたって無謀だ。たった一人で無尽蔵に湧き出してくる魔物の群れを抑えるなど……。


 しかし、そう考えているところで声を発したのはエリオ。

 彼は膝に手を置いて、肩で息をしながら――。


「――カイルさん。笑って、ました……」

「なっ……!?」


 妾は息を呑み、目を見開いた。

 笑っていた。それだけで、あの馬鹿者が何を考えているのか。その不安が、現実のモノになっていっていることが分かってしまった。

 つまりカイルは、あの幼馴染みを助けた時のように……。


「――――――――――っ!」

「レミアさん!?」


 リリスの制止を振り切って、気付けば駆け出していた。

 あの馬鹿者のために、どうしてこうも気持ちが急くのか――その理由は分からない。だがもし、それをあえて表現するならば、奴は妾にとって初めての……。


「……さて。そこで止まってもらいますよ? お嬢さん」


 その時だった。

 聞き覚えのない男の声がしたのは。


「誰だ……!」


 妾は急ブレーキをかけて、傘を構えた。

 感じたのは、明らかな敵意。瞬間だけ見失いかけた我を取り戻す、それほどのモノであった。神経を研ぎ澄まして、声のした方へと目を向ける。

 するとそこから現れたのは一人の、痩身の男だった。


「初めまして、皆様。私の名はアビス――以後、お見知りおきを」


 アビスと名乗ったそいつは、恭しく礼をする。

 燕尾服を身にまとった、薄気味の悪い笑みを浮かべた男だった。

 後ろで一つに結われた長い黒の髪。細く鋭い目。瞳の色は、鮮血のような赤。常に浮かべている冷たい微笑みは、万人に警戒心を抱かせるに十分だった。


「貴様、人間ではないな……?」

「ほほう。やはりお嬢さん、貴女には分かりますか」


 そして、そんな男に対して妾は言う。

 するとアビスはニタリと笑って、あっさりとそれを肯定した。


「ご名答――私は人でもなければ魔物でもない、さらに優れた種。すなわち『魔族』ですよ」


 自慢げに、誇るようにそう答えるのである。

 妾はそんな相手の様子に、いっそうの警戒心を持つ。そうしていると、背後でエリオがぼそりと、このような疑問を口にした。


「ま、ぞく……?」


 どうやら新米冒険者らしい彼には、その知識がないらしい。

 妾はアビスから視線を逸らさないようにしながら、教えてやることにした。


「魔族とは、知性をもたない平凡な魔物とは異なり、思考することが出来る人型のそれのことを言う。能力はピンキリだが、平均的にはSランクの魔物以上の力を持つ――とのことだ」

「そんな――どうして、そんな存在がここに!?」


 こちらの説明に、エリオは驚愕の声を上げる。

 妾も文献を読んだ程度の知識であったが、とにかく危険な存在であることは認識していた。だがなるほど、こうやって面と向かって相対してみると、圧が違う。アークデイモンや、先ほど接敵したレッドドラゴンなんかとは桁が違った。


 ――――一歩。これ以上を踏み出せば、殺される。


 その直感が、妾の中にはあった。

 だから、こちらからは動くことができない。

 先ほどから黙ったままのリリスも、同じ意見なのだろう。


「……して。その『魔族様』が、このような辺鄙へんぴな場所に何の用だ?」


 その緊張感の中。

 妾はアビスに問うた。すると魔族は微笑みをたたえたままに言う。


「いえ、大したことではないのですよ。ただようやく見つけたご子息・・・に、試練を与えただけでしてね? 貴方たちには、その邪魔をしてほしくないだけですよ」

「ご子息……? 貴様は、何を言っている」

「ふふふ。分からなくても、結構です」


 すると返ってきたのは、意味の分からないモノ。

 妾が訊き返しても、アビスはこちらを煙に巻くだけだった。

 その態度がどうにも気に食わなかったが、状況はこちらが圧倒的に劣勢。何も手出しをすることなど出来なかった。つまり、カイルを助けに向かうことも――。


「――なに。あの方は大丈夫ですよ」

「……なんだと?」


 すると、であった。

 まるで妾の心を読んだかのように、アビスがそう断言した。苛立ちを込めた視線を優男に向けるが、しかし相手はまるで微動だにしない。

 それどころか嘲笑うように口元を歪めたかと思えば、こう言うのだった。


「あの程度、実力を発揮して退けてもらわなければ、困るのですよ。ええ」


 そこにあったのは、いかなる感情であったのだろうか。

 この男――アビスの思考は、まるで読めなかった。


「まぁ、とにかく。貴方たちはここで、私と一緒に結果を待ちましょう?」


 そして、そんな提案をしてくる。

 本当に何を考えているのか、まるで分からない。

 しかし、それでも今の妾たちはこいつの提案を受ける他、生き残る道はなかった。逆らえばその瞬間に、それこそカイルを助けに向かう機会をふいにする。


 それだけは、避けなければならない。

 だから妾は柄でもなく、祈ることとしたのであった。


「カイル――どうか、無事でいてくれ」




 小さなそれは、洞窟内に反響することもなく消えていった……。




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