2.視線
最後は謎の人物視点です!
「あ、あれ……?」
まったく想定外――いや、以上だった。
手元に、このように莫大な資金があるなんて。
魔素の欠片、結晶は換金したものの、そのお金はギルド預かりにしてもらっていたのだ。そのため、それを引き下ろしに向かった時、改めてボクはその金額に目を丸くしたのである。数年は生活できる、そんな優しいものではなかった。数年は遊んで暮らせる額、である。
「これだけの金があれば、たぶん屋敷が買えるよ……?」
「む? そうなのか。妾にはよく分からぬ」
明細に刻まれた数字に戦慄していると、横からレミアはそう言った。
どうやら、金銭感覚について正常なのはボクとリリスさんだけのようで――。
「……? 私の所持金も、この程度はありますよ」
「……………………」
――は、なかったらしい。
リリスさんはボクの手にした紙を覗き込むと、首を傾げた。
彼女はこの街にくるまで流浪の身であったから、もしかしたらお金には無頓着、あるいは執着がないのかもしれない。それにしたって、大雑把だとは思うけど。
「と、とにかく! ……これから、街の不動産を確認しに行こう!」
いやいや。そんなことは考える必要がない。
ボクは自分の感覚を疑いながらも、そう気持ちを切り替えるのであった。
「…………ん?」
「む。どうしたのだ、カイルよ」
すると、その時だ。
不意に背後から視線を感じたのは。
ボクは思わず振り返るが、そこには誰もいない。レミアはどうしたのかと、不思議そうな表情でこちらを見上げてきた。
「あぁ、いや。何でもないよ。行こうか……」
ボクはそう答え、ギルドの出入口へと向かう。
うん。きっと気のせいだろう、と――そう思うこととして。
◆◇◆
「よ、予想以上の豪邸が買える金額だったね……」
「むぅ? 妾のいた館よりは小さかったと思うが。まぁ、住むには十分か」
一通りの物件を見て、ボクはげっそりとしていた。
そんな様子に、またもやレミアは不思議そうな表情をする。ちょっとレミアさん、貴方はいったいどんな城に住んでいらっしゃったのですか?
そう思って苦笑いを浮かべていると、唐突にリリスさんがこう言った。
「しかし、この私が一つの街に根を張ることになるとは思いませんでしたが。これはこれで良いものですね。帰る場所がある、というのは……」
どこか嬉しそうな声。
見ればリリスさんの顔には、小さな微笑みが浮かんでいた。
あぁ、そういえば。彼女にとっては初めての経験なのかもしれなかった。しかしそうだとしても、産まれた故郷はどこかにあるはず。
今まで聞いたことがなかったのを思い出し、ボクは訊ねる。
「リリスさんって、どこの街の出身なんですか?」――と。
それは、ホントに何気ない世間話のつもりだった。
だけれども、返ってきたのは――。
「――すみません。私の故郷はなくなってしまったのです」
「あ…………」
そんな、悲しい言葉だった。
「ごめんなさい。辛いことを聞いてしまって……」
「あぁ、いえ! カイルさんが気にすることではありませんよ。大丈夫です!」
とっさに謝罪すると、今度はリリスさんが困ったように言う。
どうやら触れてはいけない部分に触れたらしかった。ボクは反省し、それ以上のことを問いかけることはない。リリスさんも、そんなボクの気持ちを察したのか、レミアに別の話題を振るのであった。
「はぁ……」
「キュキュ、キュ!」
「あぁ、ルゥ。励ましてくれるのかい? ありがとう」
さて。そうやって一人になったボクに構ってくれたのは、使い魔のルゥだった。
ルゥは肩に飛び乗ってくると、元気に鳴きながら首を傾げる。やはり、このドラゴンもあの伝説の子だ。人間の機微を察知することができるのかもしれない。
ボクはルゥの頭を撫でて、感謝を示す。
すると、子ドラゴンは目を細めて嬉しそうに喉を鳴らすのであった。
「まぁ、気にしないのが一番だよね――って、ん?」
「キュ?」
そして、そんな独り言を口にしたその時である。
また、視線を感じたのは――。
「――何なんだ? さっきのは、気のせいじゃない?」
ボクは周囲に注意を払う。
しかし、感じられた気配はすでに消え失せていた。
そのことにボクは、思わず眉間に皺を寄せてしまうのである。だけど、考えても仕方がない。なので忘れることとするのであった。
とりあえず。
今日はこの後、手頃なクエストをこなすことになっている。
そのことに集中するのが大切だろう。そう思うことにしたのであった……。
◆◇◆
「はぁ、はぁ、はっ……すごいよぉ。あの人、僕に気付いた」
僕は物陰に隠れて、胸の高鳴りを必死に抑える。
いいや。それは無理な話だった。だってあの夜、あの酒場で、僕は運命を感じたのだから。この人に違いないと。僕の探していた人は、この人に違いないと!
だから、僕は彼のことを調べ上げた。
名前はカイル・ディアノス。
孤児院出身の冒険者で、ランクはSS。噂ではヒュドラの三十体撃破を成し遂げ、先日はエンシェントドラゴンを単独討伐したという。いまこの街で最も話題に上がっている方だった。
身長は170.3センチメイル。
体重は65キロ。
利き腕は右で、それでも握力は左の方が強いとのこと。
クラスは魔法使いだけど、近接戦もこなすことができ、特筆すべきはその生存能力にあるとも言われていた。元々所属していたパーティーでの主な役割は陽動やしんがり。仲間との意思の疎通が図れずに、そこを抜けたという話であった。
「もったいないなぁ。どうして、こんな凄い人を……」
その理由も調べるか。
僕はそう思って、立ち上がった。
そして、ギルドの方へと駆けだすのである。
「カイルさん、カイルさんカイルさん……!」
あぁ、胸が躍る!
ついに巡り合えた運命の人!
その人のことを丸裸にしている感覚に、僕は興奮を抑えきれなかった――。




