1.酒場でのいざこざ
ここから四章です。
エンシェントドラゴンの鱗を院長に預け、ボクたちは孤児院を後にした。
数日ほどすれば完成するらしい。なのでひとまず、それまではクエストを受けるのは控えることとした。ボクもさすがに馬鹿じゃない。素手で魔物と戦おうなんて、考えるわけがなかった。
そんなわけで、だ。
ボクとレミア、リリスさんとルゥは夕食を摂りに酒場を訪れていた。
「……で。二人は、今日も生肉なんだね」
「む。二人ではないぞ? ルゥも生肉を食べているではないか」
「キュキュキュ、キュ~っ!」
「………………」
――いや。そういう意味じゃなくてね?
ボクはそんなツッコみを言葉を呑み込んだ。
何故だろうか。三対一となると、こちらの常識が間違っているのではないかと思えてしまう。いいや、そんなはずはない。生のお肉を食べるのが正常なんて、狂ってる……。
「ところでカイルよ。一つ、提案があるのだが良いか?」
「生肉なんて……うぅ。ん? どうしたの、レミア。そんなに改まって」
さてさて。ボクが頭を抱えていたその時だ。
レミアが何やら、強い視線をこちらに向けてきた。そして、こんなことを言う。
「最近のクエストの成果で、パーティーとしての懐も相当に温かくなってきた。そろそろあのボロ――年季の入った家から引っ越しても良いのではないか?」
「あぁ。そう言われてみれば、たしかに……」
その内容というのは、居住地を移すというものだった。
たしかに彼女の意見にも一理ある。そもそも、パーティーメンバー三人に加えて、今は使い魔のルゥもいた。あのお世辞にも広いとは言えない空間で過ごすには、諸々の問題がある。それにレミアの言う通りで、最近の実入りは良かった。
素材を換金した結果として、数年は生活出来るほど稼げたのだから。
「リリスさんはどう思いますか? 異論がなければ、引っ越しを考えますけど」
「リーダーのカイルさんにお任せします。私は貴方の意見を尊重しますよ」
「……あれ? リーダーって、レミアじゃないの?」
リリスさんに意見を求めると、返ってきたのはそんな言葉だった。
少しボクの認識と異なっている箇所もあったように思えたが、どうやら決定権はボクのもとに転がってきたらしい。それなら、と。ボクは一つ頷いた。
そして――。
「それじゃ、せっかくだし引っ越すことにしようか……」
「ふざけんじゃねぇぞ、クソガキがァ!?」
「……って。うん?」
――そう言って、今後の方針を示した時だった。
酒場の奥。ボクらのいる反対側から、野太い怒声が聞こえてきたのは。
「なんだろう。揉め事かな……?」
ボクは思わず立ち上がって、声のした方を見た。
周囲の他の客たちも、何事かと様子を見守っている。それを越えた先にあったのは、一人の少年と恰幅の良い中年冒険者が言い争う姿だった。
いいや。正確に言えば、ふんぞり返った中年冒険者の前に少年が倒れていた。
「ご、ごめんなさいっ! 今度は、今度は上手くやってみせますから!」
「あぁ!? そんなこと言って、何度目の失敗だと思ってやがる!」
「すみません、すみませんっ!」
「うるせぇ、役立たずが!」
男は少年に向かって罵声を浴びせている。
何故だろうか。その会話は、ボクの耳に張り付いて離れなかった。
「この、手先だけ器用なだけの盗賊がよォ! オラァっ!」
「すみません……っ! ――うわっ!?」
そして、とうとう中年冒険者が少年を足蹴にし始める。
顔を、腹を、これでもかという勢いで蹴り続けた。ボクは――。
「オラァ! もう一発……あん? なんだ、てめぇ……」
「ちょっと。やり過ぎなんじゃ、ないですか?」
――気付けば二人の間に、割って入っていた。
トドメのつもりなのだろう、振り上げた男の拳を受け止めて。
「……てめぇ、他所のパーティーの事情に口挟もうってのか?」
酒臭い息を吐きながら、男はボクを睨みつけた。
好戦的なその目はすでに、こちらを敵として認識しているらしい。しかしそれに特別怯むことなく、ボクは何とか男をなだめようと試みた。
「いや。なんというかですね? 仲間なので、ミスはカバーし合うものかなって」
「んだとォ!? てめぇ、喧嘩売ってんのか!!」
「あ、あれぇ……?」
が、しかし。
どうやら火に油を注いでしまったらしい。
中年冒険者は眉尻を吊り上げて、歯を剥き出しにした。こうなっては、力づくで解決するしかないのかもしれない。
「オラァ!? 邪魔すんじゃねぇ!!」
「よ、いしょっと……それ!」
そんなわけで、であった。
殴りかかってきた男の拳をかわし、ボクは男の首元に軽く手刀を叩きこむ。
「ふぎゃ……!?」
すると、男は潰れたような悲鳴を発して倒れるのであった。
周囲からはその一連の流れに、拍手が起こる。そして、中からは――。
「お、おい! もしかしてアイツ、SSランクのカイル・ディアノスじゃないか!?」
「ま、マジかよ……そうなると、相手は運がなかったな」
「喧嘩売る相手は選ばないと、だな……」
――そんな会話も聞こえてきた。
あれ。もしかして、ボクって意外と有名なの?
「さて。大丈夫かい、キミ?」
でも、今はそんなことに気を割いている場合ではない。
ボクは振り返って、倒れたままの少年に手を差し伸べるのであった。彼は尻餅をつく形でボクを見上げている。瞳の色は瑠璃で、肌は仄かな褐色。ややボサボサとした白い髪をしていた。
ボロボロのシャツに、短パンを履いた少年。そんな彼は、ただ呆然としていた。
「あ、その……!」
「怪我は、なさそうだね。よいしょ……っと」
手を引いて、立たせる。
大きな怪我がないことは確認できたので、ボクは一つ頷いて立ち去ることにした。が、そんなこちらに少年は声をかけてくる。
ただその内容は少し、異色なものであって――。
「あ、あの――好きです!!」
――はい?
ボクは、半身になって振り返った。
するとそこにいたのは、胸に手を当てて頬を赤らめた少年の姿。
「…………はい?」
そこでボクは、改めて口にするのであった。
それが、ボクとその少年の出会い。
小さな事件の始まりを告げるものであった……。




