2.ダース・ミリガン
レミア視点です<(_ _)>
「あらぁ! カイルちゃん、SSランクになったのねっ!」
「うん。……ちょっと、らしくなくて恥ずかしいけど、ね」
「そんなことないわよ! カイルちゃんが頑張ったから、それを認めてもらえたに違いないんだから! 今日はパーッと御馳走を用意しなきゃね!」
「いや。いいよ、院長! 孤児院だって、そんな余裕ないでしょ!?」
「何言ってるの! カイルちゃんが定期的にくれる仕送りで、前より何倍もマシになってるんですからね? そのお返しも兼ねて、ですよっ!」
カイルとダースは、二人で愉快にそんな会話をしていた。
妾とリリスはそれを遠巻きに見つめて、出された茶を啜っている。――うむ。もの凄く味が薄い。まるで白湯を呑んでいるかのようだった。だがしかし。
「レミアさん? どう、思われますか。あのダースという殿方。語尾の全てにハートが付きそうな話し方をしていますが……」
「あぁ、もの凄く濃いな。この茶の味のなさを忘れるくらいには、濃いな」
リリスの問いかけに、妾はそう答えた。
そう。あまりにダース・ミリガンというこの孤児院の院長の男は、キャラが濃かった。筋骨隆々な体躯にエプロンを羽織り、歩き方は内また気味。そして口調は女性のようなそれだった。平然と対話するカイルに、違和感である。
カイルはどうにも、この孤児院で育ったという話だから当たり前か。
いや。それにしたって、濃すぎるそれであった。
「ところでカイルちゃん? どうしても聞きたいんだけど――」
「――ん。どうしたの、院長」
さて、そんな時である。
不意にダースは、妾たちの方に視線を送ってきた。そして小声で、
「レミアちゃんとリリスちゃん、どっちがカイルちゃんの将来のお嫁さん?」
そんな、どうでもいい話を切り出す。
「は?」
「へ?」
「あ?」
カイル、リリス、そして妾は三者三様にそう口にした。
しかしダースはにこにことしたまま、我々の顔を見比べている。何を勘違いをしているのか分からないが、どうやらこの人物――相当にお花畑な思考らしかった。
これには流石のカイルも呆然としている。
そんな誤解を正すのに、妾たちはしばしの時間を要するのであった。
◆◇◆
――そうして、孤児院で過ごすこと数刻。
昼寝から起きてきた孤児たちの遊び相手をするカイルとリリス。妾は傘をさし、そんな二人を眺めていた。無邪気な声に、眉をひそめてしまう。
妾はどうにも子供というものが苦手であり、カイルたちのように戯れることができなかった。斜に構えているわけではなく、ただため息が出てくるのだ。
「ふむ。しかし、孤児院出身、か……」
と、そこまで考えてから。
妾はカイルの生い立ちに対して、微かな興味を抱いた。
あの日、偶然に見つけたBランクの魔法使い。そんな彼のことを、しっかりと知っているというわけではなかった。そのため、何となく想像するしかない。
そのはずだったのであるが、思考する妾に話しかけてくる人物があった。
「あら。気になるのですか? カイルちゃんのこと」
「ダース・ミリガン……か」
それは、この孤児院の院長。
彼はにこにことした表情のまま、妾に横に立った。
そして、聞いてもいないのにこんなことを話し始めるのである。
「カイルちゃんはねぇ。ある嵐の夜に、孤児院の前に捨てられてたの……ご両親の身元が分かる物はまったくなくて、ホントに天涯孤独だったのよ?」
「……なるほど。天涯孤独、か」
だが、それは妾にとっても興味深い話であった。
それに『両親のいない天涯孤独』という生い立ちには、共感する部分もある。そのため、妾は黙ってその続きを聞こうとした。しかし――。
「――それで。どうして、貴女は冒険者になったのかしら?」
直後のダースの言葉に、妾は凍りつくことになる。
「……ヴァンパイアのお嬢さん?」
「な……っ!?」
数秒の間をおいてから、妾は目を見開き後ずさった。
男から距離を取って、迎撃態勢に入る。だけどもダースは何かを仕掛けるわけでもなく、やはり微笑みを浮かべたままにこちらを見つめていた。
そして、おもむろに口を開いたかと思えば、こんな提案をしてくる。
「もし良ければ、貴女のお話も聞かせてもらえない? カイルちゃんの子供の頃のお話と交換に、と言ったら少し、感じ悪いかしら」――と。
妾は少し考えた。
この提案は、乗っても大丈夫なものなのか、と。
しかし、しばらく考えてから、意を決してこう返答するのであった。
「…………分かった。その代り、絶対に他言するな」
「うふっ。分かってるわよ」
ダースは女性らしい仕草で、口元を隠して笑ってそう言う。
「はぁ……」
どうやら、このダースという人物は、なかなかに曲者のようであった。
妾はそんな人間に出会ったことを災難に思いながら、深くため息をつくのである。そして、諦めて簡単に話し始めるのであった。
――己の過去を。
そして、忌まわしき記憶の断片を……。




