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1.昇格と帰郷

ここから第三章です!





「やぁ、カイルくん! キミは私の予想を軽々と越えてくれるね!」

「え、あ……おはようございます。ニールさん」


 数日後のことである。

 ギルドへと向かうと、ボクを出迎えたのはニールさんの満面の笑みであった。

 あまりにも朗らかなそれに、驚きつつも挨拶を返してしまう。すると彼は表情を変えず、ボクを抱きしめたかと思えば、そのままの流れで手を握ってきた。


「いやぁ、素晴らしい! まさかレッドドラゴンではなく、エンシェントドラゴンを討伐してしまうとは! しかも、たった一人で!」

「あ、あはは……いや。それは偶然で――」

「――偶然なものか! ランク規定外の怪物を単独討伐なんて離れ業、まぐれなんかで成し遂げられては困るよ!!」


 よほど興奮しているのか、ニールさんは賛辞の雨を降らせ続ける。

 それを聞きつけた他の冒険者たちは、何事かとボクらのことを取り囲むのであった。いつかの視線とは似て非なるもので、どこか恥ずかしい。

 しかし、そんな周囲の目などまったく関係ないと声を上げたのはレミアだった。


「なにが素晴らしいだ! この大馬鹿者が!!」

「レミア……」


 彼女はボクとニールさんの間に割り込む。

 そして、まるで守るように両手を広げてみせた。


「はて、大馬鹿者、ですか。お嬢さんはたしか――レミア・レッドパールさん」

「妾の名前などいい。ニールと言ったな? お主はギルドの役員という立場にありながら、なぜカイルに無謀なクエストを与えたのだ!」


 レミアはちらりと、ほんの少しだけこちらを振り返る。

 綺麗な眉を歪ませて、怒りを露わにしていた。けれどもニールさんはそれを受けても平然とし、微笑みをたたえたままである。

 ニールさんは少女に対して、こう答えた。


「なに、私は無理難題などとは思っていませんでしたよ。この目を信じていましたから。理由はそれだけで十分ですよね?」

「なっ……!?」


 言って、自らの細めた目を指差す。

 そんな彼の悪びれない態度に、レミアは息を呑んだ。

 その理由は鈍感なボクでも分かる。この人は自分の判断、基準だけであのクエストをボクに与えたのだ。それはすなわち、根拠のない勘だと、そう言っているに違いなかった。周囲の冒険者の口からも、どよめきが生まれる。


 しかし、その反応にも臆することなく。

 ニールさんは、さらに続けた。


「しかも、カイルくんはこのように結果を残して帰ってきた! 皆で祝いこそすれ、誰かが責められるようなことはないでしょう?」――と。


 背筋が凍るのが分かった。

 この人は、この人の感覚は、普通ではないと。

 ニールさんは、そんなことを気にも留めずにこう言った。


「それに、私一人の判断では彼を適切なランクに押し上げることは出来ませんでしたから。そのためにも、今回のクエストの達成は必要なものだったのです」

「適切な、ランク……?」


 ボクはそれに首を傾げる。

 適切なランク、というのはどういった意味だろうか。

 他の冒険者たちも意味が分からないのか、口々に何かを話し始めた。その様子をようやく確認したのか、ニールさんはさらに大きな笑みを浮かべてこう告げる。


「私の口から伝えさせていただきます。カイルくん、キミは――」


 そう。それは、ボクにとって大きな転換期。


「――今日から、SSランク冒険者ですよ」

「えっ……SS、ランク……?」



 分不相応とも思える冒険者ライフの始まりであった……。



◆◇◆



 そんなギルドでの出来事から数刻。

 ボクとレミア、そしてリリスさんと小ドラゴンこと使い魔のルゥは、とある場所を目指して歩いていた。先頭を歩くボクに駆け寄り、レミアは覗き込むようにして訊いてくる。


「ところで、カイルよ。どこへ向かって歩いておるのだ?」


 日傘の陰から、大きな瞳で上目遣いにこちらを見る少女。

 ボクは彼女の疑問にしっかりと答えることにした。


「うん。ボクの杖を作ってくれた人のところにね」

「お主の杖を?」


 すると、さらにレミアは疑問の表情を浮かべる。


「そういえば、昨日のクエストでカイルさんの杖は折れてしまったのですよね? いま持っているのは、レオという剣士のモノでしたか……」


 言葉を引き継いだのはリリスさん。

 彼女はボクが腰からぶら下げたレオの剣に、視線を落としつつ言った。


「そうなんだ。レオに剣を返そうと思っても、最近はギルドに顔出していないらしいし。かといって、いつまでもこの剣に頼るのは駄目だからね……」

「ふむ。それ故に、杖を新調しよう、ということなのだな」

「うん。そういうこと」


 そこに至って、レミアは合点がいったといった風に頷く。


「それで……結局は、どこへと向かうのだ。武器屋か?」

「あー、いや。違うよ」

「む?」


 が、すぐにそう疑問符を浮かべることになるのであった。

 さすがにこれ以上ぼかしても意味はない。なので、素直にいうことにした。


「ボクの育った孤児院、だよ。そこの院長は昔、名うての武器職人だったらしくてね? ボクが冒険者になるって時に、あの杖を作ってくれたんだ」

「それは凄いですね。あの、妙に頑丈な杖を作ったのですか?」

「頑丈……? あれが普通じゃないの?」

「………………」


 ボクの返答に、リリスさんは何故か口を閉ざす。

 そしてどこか難しい顔をして、考え込んでしまうのであった。


「ん、まぁ。とにかく、その院長に新しい杖を――あ! 着いたよ!」


 と、その時である。

 目的地が前方に見えてきたのは。

 ボクはそこを指差して、二人と一匹に示した。すると丁度良く――。


「――ナイスタイミング! 院長!」


 ボロボロな家屋の前を掃き掃除する男性がいた。

 禿げ上がった頭に、青髭の残る顎。可愛らしいアップリケの付いたエプロンを掛けた彼は、こちらの声かけに気付くと、ハッとした表情になった。

 そして、その厳つい顔をふにゃりとさせて……。


「あらぁ~っ! カイルちゃん、おかえりなさいっ!」


 そう言った。

 内またで、こちらへと駆け寄ってくる院長。

 彼はボクを抱きしめると、ざわりとしたその頬をボクの顔に擦り付けてくるのであった。懐かしいその感覚に、ボクも自然と微笑んでしまう。


「あらぁ……そちらのお嬢さん方は?」

「そうだったね。紹介するよ、ボクのパーティーメンバー!」


 振り返り、レミアとリリスさん、そしてルゥを見てボクは言った。

 二人は何故か沈黙している。でも院長はそんなことを気にもせず、こう自己紹介した。いつものように、とても恭しい所作で……。


「みなさん、初めまして。わたくし、ダース・ミリガンと申します!」――と。


 野太い、その声で。

 どうしてだろうか、相も変わらず二人は黙っていた。

 その間が数十秒続いたかと思えば、異口同音にこう言うのである。


「うわぁ…………」――と。


 引きつった顔をしていた。


「キュ、キュキュキュ?」






 唯一、ルゥだけは何も分からない。

 そういった風に、首を傾げているのであった……。





 


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