6.伝説との戦い
【エンシェントドラゴン】――それは、すなわち一つの歴史。
人が生まれるよりも先に在り、そして人より長く在るもの。ヴァンパイアに並び、伝説として語られるモノであった。それが今、ボクの目の前にある。
「―――――――――」
伝説は、なおも迫りくる。
ボクは息を潜めて、その地響きが鳴り止むのを待った。
これはどう考えても分が悪い。ここで戦いを挑むのは勇気ではなく、無謀だった。しかしどういったわけであろうか。声が聞こえたのだ。
『――――そこにいる人間よ。姿を現せ』
そう、頭の中に直接語りかけるような、そんな声が。
「…………これ、は?」
耳を塞ぎ、困惑するボク。
するとまたもや、このような声が響くのであった。
『なに、驚くでない。我は一介の竜に過ぎぬ』
「エンシェント、ドラゴン……? そんなまさか……!」
ボクは声に導かれるままに、ドラゴンの目の前に姿を晒す。
するとエンシェントドラゴンは、ぐっと首を下げてその赤き眼にボクを映した。
『ほほう。強者の気配を察して、最下層より出向いてみれば。意外や意外、かように小さな人間であったか。幼き顔に似合わぬ豪傑よのう』
彼は愉快に笑うようにそう言った。
その姿に警戒心を解いて、ボクは構えていた剣を下ろす。
「貴方は、いったい……。それに、どうして……」
『どうしてもこうしてもなかろう? 我のテリトリーで暴れられておるのだ。気にならないわけがあるまい。どのような者か、興味をもったのだ』
「ボク、なんかに……?」
エンシェントドラゴンの言葉に、首を傾げてしまった。
彼の言葉はとても信じられないもの。このような偉大なドラゴンが、ボクなんかに興味を持つなんて――きっと何かの間違いなのだろう、と。そう思った。
するとエンシェントドラゴンは、こちらの心を読んだかのように――。
『――はっはっは! まさか、己の強さに自覚がないとは。これはまた面白い! どのように生きてきたら、そのような勘違いが出来ようものか!』
そう、咆哮を上げながら言うのである。
ボクはなおのこと困惑し、目を丸くしてしまった。
「……え、ちょっと待って下さいよ。そんな――」
『――ならば、お主には自覚を持ってもらわなければならない。これは年寄りの気紛れではあるが、いやはや世界を変える礎となるかもしれん』
「え、それって。どういう……っ!?」
その時である。
あからさまに空気が変わったのは。
エンシェントドラゴンの放つ気配が、刺すような鋭さをまとった。ボクはそれを察知して、再び剣を構える。距離を取り、乱れかけた呼吸を整えた。
ぐるると、喉を鳴らしたドラゴンは続けてこう言う。
『何を勘違いしておる。我が同胞が殺されたのだ。元より生きて返すつもりがないのは、明白であろう!』――と。
そして、口を大きく開いて叫んだ。
周囲の空気が揺れる。思わず足がすくむのが分かった。
これは、本気で相手をしないと――間違いなく、殺されてしまう!
『では、見せてもらうぞ! ――小さき者、人間の力を!!』
それと同時に、灼熱の炎が吐き出された――これは、ドラゴンの【ブレス】だ。
一直線に迫るそれを、ボクは右に転がって回避する。すると先ほどまでボクのいた場所は、深く抉れ、岩壁さえも溶けていた。左の頬に、強い熱を感じる。
喰らえば確実に、死が待っていた。それを直感する。
『さぁ、どうした! このままでは、我がお主を喰らってしまうぞ!!』
エンシェントドラゴンはそう言うと、次はその大きな右腕を振りかぶった。
ボクは瞬時の判断で駆けだす。
今度は前――!
「――――――――くっ!?」
懐に飛び込み、その一撃を掻い潜る。
次いで聞こえてきた衝撃音に、少しばかり肝を冷やした。振り返る余裕などはないが、おそらくそこには大穴があいているに違いない。
これは、本当に――本気を出さなければ、死んでしまう!
「一度、距離を取るしか……!」
続けて繰り出される攻撃も回避しつつ、ボクはそう思考する。
このような圧倒的な力を持つ相手に、真っ向勝負を仕掛けるのは馬鹿げた話だ。しかし逃げることも許されない状況下において、一筋の光を辿るしかない。
ならば、唯一の利点を活かすしかない。それは、つまり――。
『ほほう。やはり、その機動性を活かすか……面白いぞ!』
――そう。機動性だった。
圧倒的に小柄であるこちらの方が、小回りの利いた動きが可能。
大味な攻撃に終始するエンシェントドラゴンとは異なり、ボクは一撃必殺、千載一遇の機会を得るまで逃げることを選択した。
『では、始めようではないか。見事、打倒してみせよ――一つの歴史を!』
エンシェントドラゴンは再度、洞窟を揺らすような咆哮を。
ボクは、相手の死角へと身を隠した。一つ息をついてから、意を決する。
これは、ボクの冒険者としての戦いの中において、決して忘れられないモノとなるであろう。そして避けられないのであれば、最善を尽くすのみ。
あぁ、それにどうしても感じてしまうのであった。
強敵を前にして、危機を前にすると、言いようのない昂揚感を。
規格外との戦いが、幕を上げる。
しかし、この時のボクはまだその意味を理解していなかった――。




