5.伝説
ギルドの中央に、大きな魔方陣が展開される。
青白い光を発したそれは、やがて中心に収束していった。
「帰ってきたのか!?」
妾は大急ぎでそこへと駆けつける。
だがしかし、転移の輝きが収まった場所に立っていたのは、カイルではなかった。あの青年とは真反対の軽薄そうな金髪に、青き瞳。
「こ、ここは……ギルドか?」
「レオ! ――あぁ、レオ!!」
カイルの元いたパーティーのリーダー、レオ――奴だった。
彼奴は光の強さに目を細めて、顔の前で軽く腕を交差させている。妾の脇をすり抜けて行ったクリムは、それに抱きつき、歓喜の声を上げていた。
この女狐は、妾とリリスのことなど忘れて騒いでいる。しかし――。
「おい、貴様! カイルはどうした!!」
――ここで、終わらせるわけにはいかなかった。
妾は金髪頭に詰め寄る。クリムを押しのけて、レオを睨み上げた。
「貴様、よもやカイルを見捨ててきたのではあるまいな!?」
「ち、違う! 俺はそんなこと……カイルが、アイツが一方的に!」
「ちっ――! この、脆弱者が! 目障りだ。今すぐにここを立ち去れ!」
そして詰問すると、そんな痴れ言を述べる。
妾は舌打ちし、そう吐き捨てた。このようなゴミクズ、相手にする価値もない。視界に入れるだけでも反吐が出る、そんな醜い男だった。
これに構っている暇があるなら、今からでもカイルを助けに――。
「――ちっ、こんな時に限って!?」
しかし、そこに至って妾は外の変化に気が付く。
先刻から曇っていた空が、とうとう愚図り始めてしまったのだ。
雨音は次第に強さ、激しさを増していく。これでは、妾とリリスは外に出られない。こんな時ばかりは、この身体の性質が憎くて仕方がなかった。
「くそっ――カイルっ!」
妾はギルドの出入り口から、彼の消えて行った方角を見つめる。
こうなっては、信じる他なかった。
あの規格外の力が、輝き放つことを――。
◆◇◆
――ボクは駆けた。地を、壁を、そして宙を。
五体のレッドドラゴンを相手に、まず出来ること。それは相手のかく乱だ。とにかく全速力で移動し、奴らの注意を逸らす。レオとパーティーを組んでいた時に、何度もやってきたこと。ボクはそれを思い出しながら、攻撃を受けないギリギリを狙い、縫うように走った。
「――――――――――!」
すると、刹那の好機が見える。
一体のレッドドラゴンの腹部ががら空きとなっていた。
即座にそこへと飛び込み、レオから受け継いだ意志を振るう。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
直後に響き渡ったのは、レッドドラゴンの断末魔。
血飛沫が舞い、その巨躯がゆっくりと横たわった。
「――――――――次!」
そうなると、他のレッドドラゴンの注意はそこへと集まる。
ならば次、さらに次と、ボクは自分が動くべき道筋を瞬時に判断した。
右へ大きく旋回し、近くにいたもう一体の背後へと回り込む。そして――。
「――――――――っ!」
一気にドラゴンの尾からその背中へと駆け上がり、首の最も細い箇所を目がけて剣を振り払った。今度は声を上げる暇すら与えない。手に残る鉱物を叩いたような感触。それと同時に、肉を断つ生々しい感触があった。
「これで、二体目……!」
ボクは一度そこで距離を取り、物陰に隠れる。
倒れたレッドドラゴンが、間違いなく魔素の結晶へと昇華したのを確認して息をついた。この調子なら三体目を狩るのも、下手を打たない限りは大丈夫。
そう考えて、強く握りしめていた手のひらを解くのであった。
「はぁっ、それにしても……」
そして、考える。
なんだろうか――この、昂揚感と安心感は、と。
剣を振るうことへの違和感が、まるでなかったのであった。それは魔法使いとして戦っていた時に抱くことのできなかった感覚。
――――これは、いったいなんだ?
ボクは首を傾げる。が、すぐに気持ちを切り替えるのであった。
そんなことを考えている暇があるなら、目の前のことに集中しろ。いま自分がやっていることは、命のやり取りなのだと再確認しろ。そう、身体に言い聞かせた。
「よし。次は――ん?」
そして、残り三体のレッドドラゴンに目を向けた時。
異変は起きた。
「どうして、逃げていくんだ。それに、この足音は……?」
レッドドラゴンが、何かに怯えて逃げていく。
同時に聞こえてきたのはなにか、大きな地響きであった。
ボクはその正体を確かめるために、身を乗り出して音のする方向を確認し――。
「――――なっ!?」
息を、呑んだ。
そこにいたのは、規格外の怪物であったから。
「デカ、すぎる……!」
レッドドラゴンでさえ、人を十人並べたような大きさであった。
それだというのに、現われたそれは――そんな秤では計れないモノ。唸りを上げ、口元からよだれを垂れ流し、しかしゆっくりとこちらへと近付いてくる。
次第にハッキリとしてくるその姿は、異形とも呼べるそれであった。
鱗は黒く変色し、だが鈍い輝きを放っている。
爪は鋭く。剥き出しの牙は、何を喰らったのか血に濡れていた。
「…………あれは、まさか!」
――そう。
それは、あまりに巨大なドラゴンであった。
そしてその存在は、冒険者の中で伝説の一つとなっている。それとは――。
「――――エンシェントドラゴン」
古代より生きる竜――エンシェントドラゴン。
ボクはその時、一つの歴史を目の当たりにしていた……。




