交代
「ジャネット様。先程、王宮から使いの者が参りました」
「王宮から? なんの用ですの?」
王都の自宅での朝。
屋敷のメイド長から告げられたジャネットは首を傾げた。
白髪交じりのメイド長は、すうと息を吸い。
「王都に来ているなら、まずは宮殿に挨拶をせよ! 姫殿下が寂しがっていらっしゃるではないか! 自分に会いたくないのかもしれぬと、心配なさっている! 即刻! 王宮へ! 急行せよ! ……だそうです」
「ふえええ!? ご、ごめんなさああいっ!」
大声に縮み上がるフェリス。
ロゼッタ姫に会いたいのはやまやまだったが、ジャネットの父親が病に伏せっている状態でそれは言い出せなかったのだ。
「お父様も命の別状はありませんでしたし、王宮にご挨拶に行きましょうか。また姫殿下にお会いしたいですわ」
「そうね。あまり焦らすと、王宮から飛び出してしまわれそうだものね」
ロゼッタ姫の無茶な性格を知っている少女たちは、真剣な顔でうなずき合った。
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メルダム宮殿の正面玄関前までやって来たフェリスたちは、アリシアの父であるロバート卿とばったり出くわした。
かつては魔術師団長も務めたロバート卿だが、今はジャネットの父グスタフとの政争で地方領主に追いやられた身。
このような場で会うとは思っていなかったアリシアは驚く。
「お父様? どうしてここに?」
「アリシア、お前も王都に来ていたのか」
「お久しぶりですーっ!」
アリシアと同じくらい大恩のあるロバートとの再会に、フェリスは笑顔を広げる。
「おお、フェリスも元気にしているようだな。魔法学校にも馴染めたようで、なによりだ」
ロバートは穏やかに微笑む。
娘に限らず、誰にも分け隔てなく優しく接するのが、魔術師団の元部下たちから今でも慕われる由縁である。
ジャネットは少々きまりが悪く、アリシアの陰に隠れてしまう。本来、グーデンベルト家とは旧敵であるし、父グスタフからは幼い頃から悪口ばかり聞かされてきた相手なのだ。
しかし、そんなジャネットにもロバートは会釈する。
「ジャネット・ラインツリッヒだね。娘と仲良くしてくれてありがとう。親の世代は喧嘩ばかりだが、次の時代は君たちで築いていってほしい。アリシアをよろしく頼む」
「よ、よろしく頼まれますわっ! わたくしがついていれば、フェリスもアリシアも安心ですわっ!」
ジャネットは自分の胸をどーんと叩いて請け合った。
「それで、お父様は王宮になにをしに来たの?」
アリシアが尋ねると、ロバートが難しい顔をする。
「ちょっと、な。内密の任務だから、悪いが他言はできない」
「ないみつ……?」
きょとんとするフェリス。
そこへ、グスタフの怒鳴り声が響いた。
「ロバートおおおおっ!! 貴様、ワシから魔術師団長の座を奪おうとしても、そうはいかんぞおおおおっ!」
見れば、王宮前の大通りに豪華な馬車が停まり、そこからグスタフが無我夢中で歩いてきているところだった。療養中で足下がふらついているというのに、支える侍従の手を腹立たしそうに振りほどく。
ロバートはため息をついた。
「グスタフ。私はなにも君の椅子を奪いたいわけでは……」
「黙れ! 貴様の魂胆は見え透いているのだ! レティシアのときだって……」
手を振り回して叫んだグスタフが、目を白黒させた。直後、腰を押さえて地面にへたり込む。
「いた……いたた……腰が痛い……」
馬車からジャネットの母マルゴットが現れる。
「無理をするからよ、この馬鹿男。ほら、さっさと帰るわよ」
マルゴットはグスタフを引きずって馬車に詰め込んだ。御者が鞭を鳴らすと、馬車はあっという間に走り去っていく。
「なんだったんでしょう……?」
フェリスは呆然と見送ることしかできなかった。
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メルダム宮殿、王女の自室にて。
「わたくしの聞くところによれば、ロバート卿はグスタフ卿の代役として急きょ王都に招聘されたようです」
フェリスにマシュマロを食べさせて頭を撫でながら、ロゼッタ姫は語った。
「ほえ!? ろはほはんははひはふ!?」
マシュマロを口いっぱいに頬張ったフェリスが尋ねる。
「フェリス、おしゃべりするのは食べてからにしましょうね」
アリシアが優しくたしなめた。
ロゼッタ姫は笑みを漏らし、続ける。
「グスタフ卿と魔術師団は国境地帯の紛争解決に赴いていたのですが、グスタフ卿が負傷したことで魔術師団を率いる人材が足りなくなりました。ここはロバート卿の手腕に期待しようということだそうです。ロバート卿派の高官が王宮で頑張ったようですね」
「え、えっと、お父様は魔術師団長を首になりますの!?」
ジャネットが青ざめた。
「そこまではないかと。ただ、これで結果を出せば、ロバート卿の正式な復帰も近づくかと」
「良かった……」
アリシアは小さく息をつく。のどかに地方領主として生きている父も嫌いではないが、できれば思う存分その力を中央でふるって楽しんでほしいのだ。
「ただ、国境地帯の紛争はかなり泥沼になっているらしく……良かったと一言で言い切れることでもないのですが……」
ロゼッタ姫は表情を曇らせた。




