魔女の想い
黒雨の魔女が慟哭しながら両腕を掲げる。
その黒髪が生き物のように暴れ、膨大な瘴気が噴き上がる。
爆発に次ぐ爆発、轟音に次ぐ轟音。
周囲を埋める薄闇のもやに魔女の記憶が泡沫となって現れ、高速で回転しては消え失せる。
「ふえええええええ!? おおおお落ち着いてくださあいっ!!」
フェリスは必死に魔法結界を張り直し、その内部にアリシアやジャネットやロゼッタ姫をかばった。
黒雨の魔女は叫ぶ。
「なぜ、なぜなのじゃ! わらわはただ、安らかに暮らしたかっただけなのに! あの子が笑顔でいてくれれば、それだけで良かったのに! なぜお前たちはわらわを放っておいてくれぬ! なぜ、わらわの最後の幸せまでも奪おうとする!」
その声はまるで、悲鳴のようで。
フェリスはわけもなく、胸の奥が軋るのを感じる。
「黒雨の魔女はなにを言っているんですの!?」
混乱するジャネットに、柳眉を寄せるロゼッタ姫。
「分かりませんが……、とてもつらそうですね」
「なんとか、話が通じればいいのだけれど。このままじゃ全滅よ」
アリシアが危惧する。
魔術師団長グスタフが杖で体を支えながら、周囲に残った魔術師たちに怒鳴る。
「魔女が苦しんでおる今のうちだ! 全力で攻撃を叩き込め!!」
「この……ッ!!」
杖を振り上げる魔術師たちと、鬼の形相で睨み据える魔女。
互いの攻撃が、互いを滅ぼさんとして放たれ、凄まじい速度で迫る。
「待ってくださあああいっ!」
「ちょっとフェリス!?」「なにしてますのー!?」
その真ん中に、フェリスが飛び込んだ。
球状の魔法結界が出現し、双方の魔術を食い止める。
「邪魔だ、フェリス! そこをどけ!」
「邪魔をするな小娘があっ!!」
「ごごごごめんなさああいっ!」
双方から怒鳴られ、フェリスは縮み上がった。
しかし決して魔法結界を解除することなく、必死に訴える。
「でもでもっ、これじゃダメだと思うんです! こんなやり方じゃ、また同じことの繰り返しだと思うんです!」
「同じことって……どういう意味ですの?」
「また魔導大戦が繰り返されるってことかしら?」
アリシアの鋭い洞察に、フェリスはこくこくとうなずく。
「わたし……見ちゃったんです。見ちゃったから、放っておけません!」
「器になにが分かるというのじゃ……あのお方ならまだしも、小娘にわらわの闇の、なにが……」
黒雨の魔女は歯ぎしりした。
「……魔女さんの欲しがっている魔導具は、ここにあります!」
フェリスは荷袋を振り上げた。
「なに!?」「なんじゃと!?」「フェリス!?」
周囲に居並ぶ全員が、驚きの声を漏らす。
「中身はペンダントでした! これ、魔女さんが大昔にお友達に買ってもらった、お揃いのペンダントですよね!? 大事な大事な、思い出なんですよね!?」
「……っ! ……どうして、それを……」
黒雨の魔女が目を見張る。
「……魔女さんの記憶、見せてもらいましたから。お友達が死んじゃったところも、見ちゃいましたから」
「……………………!!」
魔女の表情が、悲痛に歪んだ。
「ペンダントは、返します。だからもうこれ以上、悪いことをしないでください。そろそろ、みんなを許してあげてください」
フェリスは荷袋からペンダントを取り出し、魔女の方へと掲げた。
魔女の黒髪が力を失い、黒衣に包まれた体がゆっくりと降りてくる。
「ライラは、友……ではない。もっと大切な……我が身より大切な……そういう少女じゃった……」
うめきのようなささやき。
懺悔のような告白と共に、魔女が近づいてくる。
「馬鹿なことをするな! それを魔女に渡してはならん! 世界が滅ぶぞ!」
魔術師団長グスタフが怒声を上げるが、フェリスは従わない。
「わらわは幼き頃から、力を宿していた。『あのお方』の再来とも呼ばれるほどの、恐るべき力……だが、わらわは人間じゃった。『あのお方』とは違う。人の中で生き、人の中で逝ければ、それで良かった……」
魔術師たちが黒雨の魔女に攻撃を放つ。
しかし、フェリスの魔法結界がさらに膨張し、黒雨の魔女を守る。
結界の暖かな光に包まれながら、黒雨の魔女は母親に歩み寄るよちよち歩きの幼児のように、おぼつかない足取りでフェリスに近づいてくる。
「国々は……わらわの力を求めた。わらわが従わぬと知れば、力ずくで。戦に巻き込まれ、わらわのライラは……大切な少女は……」
黒雨の魔女が、フェリスの足下に膝を突く。
目にいっぱい涙をたたえた姿は、数多の国を屠った恐怖の権化には見えない。
「ペンダントは……どうして取られちゃったんですか」
フェリスは静かに尋ねた。
「誰にも奪われぬよう、わらわの持てる限りの力を込めたからじゃ。逆にそれが、貪欲な連中を引き寄せた。いつしか情念と瘴気がまといつき、ペンダントは無比の呪物と変じていった……だが、わらわがそれを求めるのは……」
「思い出を、取り返したいから……」
フェリスの言葉に、黒雨の魔女がうなずく。
お揃いのペンダントを差し出されると、震える手で受け取り、ぎゅっと胸に抱き締める。
「……ごめんなさい。わたしたちを、許してください」
フェリスは小さな腕の中に、黒雨の魔女の頭を抱きすくめた。
魔女が肩を震わせる。その漆黒の双眸から、涙が幾筋も溢れ落ちていく。
「もう、一人で壊れないでください。わたしたちが、お友達になりますから。寂しいの、つらいの、嫌だって分かりますから。だから……」
フェリスは訴えるが、黒雨の魔女は首を振りながら離れる。
「それは無理じゃ。やはりそなたは……あのお方の器。闇に染まったわらわには、眩しすぎる」
涙に濡れた顔で哀しそうに微笑むと。
暴風が沸き起こり、世界が揺らいだ。
黒雨の魔女の体が溶け、周囲の闇が薄れていく。
地面が形を失い、空間そのものが瓦解していく。
「待って……待ってください!」
フェリスは無我夢中で手を伸ばすが、黒雨の魔女は泡のように消え去った。
そして、気がつけば。
空には青空。辺りには王都の風景が、穏やかに広がっていたのだった。
先程まで血で血を洗う戦いがあったとは思えぬほどの、平和な光景。
魔術師団の兵士たちも、狐につままれたような顔をしている。
「帰って……きたんですね……」
緊張が解けたフェリスは、へなへなと地面にくずおれた。
指先には、ペンダントを受け取った魔女の手の感触が残っている。
「温かかったです……魔女さん」
いつか、黒雨の魔女とも分かり合える日が来るのだろうか。
そうなるように願いながら、フェリスはアリシアに支えられて立ち上がった。
これにて「黒雨の魔女編」完了です!
まだまだ黒雨の魔女は登場しますが、一段落ということで……。
今後の関係性の変化にご注目ください。
それと、別の作品になりますが、
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