恐怖の魔導具
円形の広場が点在する薄闇の空間を、フェリスたちはさまよった。
つるつるした階段をひたすら上ったり降りたりしていると、この異空間に迷い込んでからどのくらい経ったのか、時間の感覚さえも曖昧になってくる。それはまるで周囲に漂う影のもやのようにあやふやで、フェリスはぼうっとしてきてしまう。
「……ありました。記憶のスフィアですよ」
「ふあっ!?」
ロゼッタ姫から呼びかけられ、フェリスは慌てて我に返った。
見れば、広場の中央にクリスタルの台座が据えられており、その上にスフィアが浮かんでゆっくりと回転している。
「じゃ、じゃあ……中を覗いてみます」
フェリスが恐る恐るスフィアに触れると、さっきと同じ衝撃波が襲いかかってきた。
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それは、小さな町の光景だった。
建ち並ぶ家々は時代がかったデザインで、行き交う人々の服装も古めかしい。お祭りでも開催されているのか、人通りは多く、街路は華やかに飾り付けられていた。
フェリスの視線の先では、黒雨の魔女と先程の少女が仲睦まじく話していた。
「ほら、見て見て。屋台にすっごく可愛いペンダントがあったよ! 買って来ちゃった」
息せき切って二つのペンダントを差し出す少女。
「高そうなペンダントじゃの……。いくらお祭りとはいえ、浮かれすぎではないか? もう少し自制せねば」
黒雨の魔女は渋い顔で頭を振る。
「でも、ほら。石をお日様にかざすと、七色の光まで出てくるし。綺麗じゃない?」
「綺麗は綺麗じゃが、そう簡単に散在してしまってよいのか? 今日のために頑張って貯めた駄賃じゃろうに」
「いいんだよ! はいっ!」
少女はペンダントの片方を魔女に手渡した。
「え…………?」
「二人でお揃いのお守りが欲しかったの。だから、いくらかかってもいいの。今日のお祭りに来たのだって、お揃いのなにかを買いたかったからだし」
「お揃い……? わらわと……?」
「うん! これはね、二人がずっと一緒にいるって証なの。もし約束を破っちゃったら、大変なことになるんだから!」
「うむ……そうじゃな……。わらわたちはずっと、ずっと一緒にいる。この時間を、誰にも壊させたりはせぬ」
少女と黒雨の魔女はお互いの首にペンダントをかけ、嬉しそうに微笑み合った。
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「はっ……はっ……はぁっ……」
フェリスは荒い呼吸と共に、記憶の海から現実へと戻ってくる。
「どうでしたの!?」
「なにか分かりましたか?」
ジャネットとロゼッタ姫が、心配そうにフェリスの顔を覗き込んでくる。背後からアリシアがフェリスを抱きかかえてくれている。
「え、えと、その……」
フェリスは荷袋から黒雨の魔女の魔導具を取り出して見つめた。やっぱり、さっきのペンダントとまったく同じだ。こちらの方が古びて無数の傷や奇妙な染みができてはいるものの、間違いない。
「この魔導具が……昔のひどい戦争の元になったんですよね?」
フェリスが見上げると、アリシアはうなずく。
「ええ。凄まじい魔力がこもった魔導具を奪い合って、黒雨の魔女と世界中の国が戦ったといわれているわね」
「どうしてペンダントなのかは不思議ですが……」
ロゼッタ姫は首を傾げる。
フェリスはお揃いのペンダントを握り締めた。
「もしかして……」
なんとなく、すべての元凶が分かった気がする。
なぜそこまで黒雨の魔女がこの魔導具にこだわっているのかも。世界を恐怖に陥れ、数多くの命を滅ぼし、王都まで呑み込んだ理由が。
だが、そうだとしたら……あまりにも哀しい。
フェリスは魔導具のペンダントを大事にしまい込むと、再び薄闇の空間を歩き始めた。
やがて、遠くから人の争う声が聞こえてきた。
「なにかしら……?」
「向こうに誰かいますわ!」
少女たちが階段を駆け上ると、見慣れた服装の兵士たちが魔物と戦っているところに出くわした。王都の魔術師団だ。
魔術師団長のグスタフが大きな魔術で魔物たちを吹き飛ばし、他の兵士たちも援護で炎弾を放っている。
「……お父様!? 無事でしたの!?」
目を見張るジャネット。
「ジャネット!? まーたこんなところまで来おったのか! 仕方のない娘だ……」
グスタフは戦いながらも肩をすくめる。
「お手伝いしますーっ!!」
フェリスは両手を挙げて魔物たちの方へと突っ走った。




