学校訪問
魔法学校に帰ってきてから数日後。
フェリスはいつも通りにミドルクラスAの教室で座学の授業を受けていた。
王都では大騒ぎだったが、あれからというもの変わったことは起きていない。黒雨の魔女の猛威など嘘だったかのように、魔法学校の日々は穏やかに過ぎていた。
――ふぁ……今日もいいおてんきです……。
心地よい陽射しにフェリスがちょっとぼんやりしてきていると。
コンコンと、近くの窓から音がした。
窓の外で手を振っていたのは、フェリスが予想もしなかった人物……ロゼッタ姫で。
「ふえええええええええええっ!?」
突然の王族の出現に、フェリスは椅子から飛び上がった。
教室中の視線がフェリスに集中し、教師が眉をひそめる。
「どうしたのですが、フェリス」
「えと、えとっ、それがっ、そのっ……」
フェリスはなんとか説明しようとするが、慌てすぎていて言葉にならない。そもそも説明していいのかも分からない。
窓の方を見ると、既にロゼッタ姫の姿はなかった。
「授業中にいきなり大声を出さないように。びっくりします」
「は、はい……」
先生から叱られ、フェリスはしおしおと椅子に腰を下ろした。
ジャネットが心配そうに近くの席からささやく。
「フェリス……おなかが空いたんですの? 言ってくれればマシュマロでも用意しましたのに……」
「お、おなかじゃないです……」
隣の席からアリシアが声をかけてくれる。
「実験的に作ったお菓子……? みたいなもの……? があるのだけど、食べてみる?」
「そんなものをフェリスにあげないでくださいましっ!」
アリシアの差し出した黒い物体に、ジャネットがアリシアの指ごとかじりついてフェリスを守る。
「……ッッ!! !?!?!?!?」
壮絶な味わい、というか刺激に気絶しそうになりながらも、自分の机までは意志力だけで体を戻し、背中を凜と張り伸ばしたまま気絶した。十二歳だった。
「ジャネットさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」
フェリスの可愛い悲鳴は、校舎全体に高らかに響き渡ったという。
そして、休み時間になると、フェリスは急いで教室を飛び出し、窓の向こうの校庭へと回り込んだ。
「どうしたんですの、フェリス!?」
「次の授業は外じゃないわよ?」
ジャネットとアリシアが心配して追ってくる。
「そ、そうなんですけど、気になることがあって……」
フェリスは辺りを見回した。
すると、木陰からそっとロゼッタ姫が歩み出てくる。
「姫様!?」
驚きの声を上げるアリシアとジャネット。
「……来ちゃいました」
ロゼッタ姫はしとやかに身を揺らしながら、悪戯っぽく微笑んだ。王都で会ったときのドレスやメイドの衣装ではなく、パステルカラーのローブに身を包み、フードを被っている。
アリシアはすぐに状況を見て取る。
「護衛の姿が見えませんけど……まさか……」
「はい。わたくし一人で参りました」
「そ、そんな、危ないですわ! もし悪者にさらわれたら……!」
青ざめるジャネット。
「ちゃんと身を守る道具は用意しています。フェリスに預けた魔導具の様子が心配だったのですが……それを確かめに行くことを宮殿の者たちに説明するわけにはいかなかったのです」
「それはそうかもしれませんけれど……!」
何事もなく魔法学校の領内にたどり着いたから良かったようなものの、万が一にでも姫様の身に問題が起きていたら……とジャネットはぞっとする。
「でも、一番はフェリスに会いたかったから、かもしれませんが」
「ふえ?」
ロゼッタ姫から手を握られ、フェリスは戸惑う。
「わたくしはあまり王都から離れることがないので、いろいろと知らないことが多いのです。学校の中、案内してくださいますね?」
「ロ、ロゼッタさんのお願いなら、もちろん案内しますけど……先生に見つかるかもですけど……」
「それは悲しいです。見つかったら連れ戻されてしまいます」
「が、がんばります……!」
責任重大な任務だった。
ロゼッタ姫は嬉しそうにうなずくと、口元に指を添える。
「そういえば……、王家に伝わる古文書を調べていて知ったのですけど、本当は黒雨の魔女の魔導具は……」
言いかけたとき、道の向こうから生徒の一団がやって来た。
「……まずいわね。みんなに姫殿下を見られたら騒ぎになるわ」
「困りましたね。わたくしはどうしたらよいのでしょう……?」
「す、すみませんっ、こっち来てくださいっ!!」
フェリスは大慌てでロゼッタ姫の手を握って駆け出した。




