黒猫さん
休暇期間が終わり、フェリスとアリシアとジャネットは魔法学校に帰った。
本来の休暇からは少々オーバーしてしまったが、今回ばかりは仕方ない。王都が闇に包まれて大騒ぎだったということもあり、ロッテ先生からは叱られることもなかった。むしろ、「大丈夫? ホントに大丈夫!?」と心配されまくって、逆に申し訳なかった。
そして、寮に戻った少女たちは。
フェリスとアリシアの部屋で、難しい顔をしてベッドを囲んでいた。
ベッドの上に鎮座しているのは、姫様から託された国宝で在る。黒雨の魔女の魔導具で在る。正直、女子寮のど真ん中に適当に置いておくには怖すぎる。
魔法学校に持って帰ってきたときだって、学校を守る魔法結界が発動してアラートは鳴りまくるし、先生たちは全力で持ち物検査を始めるしで、秘匿するのが大変だった。姫様じきじきの命令ということで、フェリスが魔導具に結界魔法を何重にもかけてようやく、アラートが反応しないよう隠すことができたのである。
「こ、これ、どうしましょう……?」
フェリスは途方に暮れてアリシアとジャネットの顔を見比べた。
「これ、黒雨の魔女と人間の国々が殺し合った魔導大戦の引き金……そして、黒雨の魔女が滅ぼされた後も奪い合いの大戦争を引き起こした元凶……なのよね……」
「こんなところに黒雨の魔女の魔導具があるって分かったら、あちこちの国が工作員を送り込んできますわよね……」
「どどどどうしましょう~~~~~~!?」
フェリスはもはや半泣きである。姫様の頼みは断れなかったが、今考えると(あのとき考えても)無謀すぎる。
アリシアは口元に指を添えて思案する。
「とりあえず、荷袋から出しておいた方がいいんじゃないかしら。このままじゃ大きすぎて目立つし、隠しづらいわ。できればフェリスの下着の中にでも隠した方がいいし」
「そ、それは大胆すぎますわ!?」
頬を染めるジャネット。
「開けてみますっ!」
フェリスは荷袋の口を開き、恐る恐る中身を取り出した。
中にあったのは、やはり荷袋。今度はもう少しきつめに紐で縛ってあり、布地も古びている。
その荷袋を開くと、中身は木箱だった。木箱を開けてみると、さらに木箱が入っている。しかも今度は魔術で封印されている。なんか勢いで封印を開いてしまうフェリス。だが、その中にもさらに木箱。開けても開けても魔導具にはたどり着けず、まるでタマネギの皮むきである。
「まったく、ここまで何重にも包むなんて、封印した人の気が知れませんわ! 開ける人の迷惑を考えてほしいですわ!」
フェリスに似たようなプレゼントを贈った前科のあるジャネットが憤慨する。
「ふええ……」
フェリスは汗だくになっている。
「そういえば、魔導具が実際はなんだったのか、どの資料を見ても書かれてなかったのよね。気になるわ」
アリシアは興味深そうに見守っている。
……そして一時間後。
小さな巾着袋に到達するくらいまで開封作業を続け、少女たちはベッドにへたり込んでいた。
「や、やっとですわ……今度こそ、中身が見られるはずですわ……」
「気をつけてね……瘴気が出てくるかもしれないし……」
「あ、開けます……」
フェリスが震える手で巾着袋を開こうとしたとき。
突然、窓から黒猫が飛び込んできて、袋をかっさらっていった。
「ああっ!? 猫さん、それはダメですよーーーーっ!」
慌てて追いかけるフェリス。アリシアとジャネットも急いで後を追う。
黒猫は脱兎のごとく校庭を逃げていった。塀を渡り、溝を潜り、茂みのあいだを抜けて駆ける。フェリスは必死にそれを追跡する。アリシアとジャネットは溝に入れるサイズではないので、早々に脱落してしまう。
路地裏に黒猫を追い込むフェリス。といっても、黒猫を怖がらせるのが嫌なものだから、あまり強引には迫れない。
「あ、あの……お願いします……それ、返してもらえませんか……? すごく危ないものなんです……」
「フシャアアアア!」
「ふひゃああああっ!?」
毛を逆立てる黒猫に、尻餅をつくフェリス。自分の方が怖がってしまっている。
だが、臆しているわけにはいかない。勇気を振り絞り、猫をなだめながらじりじりと近づいていく。人間の言葉は通じないかもしれないから、猫語で。
「にゃ、にゃあ……」
こわくないですよーと言っているつもりのフェリス。
「ふぎゃああああ!」
威嚇しまくりの黒猫。
「にゃー! にゃにゃにゃ!」
ごめんなさいと言っているつもりのフェリス。
「ふぎゃあああああ!」
威嚇しまくりの黒猫。
「ええええええいっ!」
フェリスは一気に距離を詰め、黒猫に飛びついた。怪我させないように、しかし決して逃がさぬように、ぎゅっと黒猫を抱き締める。
すると、黒猫は霧のようになってぼふんと消えてしまい、後には巾着袋だけが残された。逃走劇の最中に破けていたのか、袋から中身が転がり落ちる。
「フェリス!」
「猫はどこに行きましたの!?」
アリシアとジャネットが息せき切って路地裏に走り込んできた。
「な、なんか……いなくなっちゃいました……」
フェリスはぽかんとしている。
「それ……黒雨の魔女の魔導具?」
「袋が破けてますわ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
フェリスは大急ぎで地面から魔導具を拾い上げる。
金の鎖と銀の鎖で繋がれた、二つのペンダント。いずれも花びらの形をしている。
「魔導具にしては……可愛らしいですわね……」
「デザインが同じだし……お揃いのペンダントなのかしら?」
「わ、わたくしもフェリスとお揃いのペンダントが欲し……って、黒雨の魔女の魔導具がそんな平和なもののわけがありませんわ! きっと、とてつもない魔力がこもってるはずですわ!」
「確かにすごい魔力は感じますけど……」
本当に見た目だけは、女の子が好みそうな愛らしいペンダントだ。大戦争の原因になるとは思えない。
フェリスはきょとんと首を傾げた。




