生け贄
黒雨の魔女の恐ろしい脅しに、少女たちは身をこわばらせた。
「どどどどどどうしますの!? 出て行ったらタダじゃ済みませんわよ!?」
「出て行かなくてもタダじゃ済まないわね」
「い、一生懸命ごめんなさいするしかないですようっ!」
身を寄せ合うジャネット、アリシア、フェリス。どこから黒雨の魔女とその手下の影がやって来るか分からないから、背中を合わせて周囲に警戒しながらささやく。
そんなフェリスたちの姿を見て、ロゼッタ姫はきゅっと唇を結んだ。
「ごめんなさい……皆さん。すべて、わたくしのせいですから、わたくしが責任を取ります」
「え……な、なにをなさるんですの?」
ジャネットが目を丸くすると、ロゼッタ姫は手を握り締めた。
「わたくしが黒雨の魔女の下に降ります。そうすれば、皆さんはなんとか逃げ延びられるはずです」
「それは……確かに……」
アリシアは表情を曇らせる。
「ただ、一つだけお願いがあるのですが……この魔導具だけ、持って逃げてくださいませんか。黒雨の魔女に渡すわけにはいきませんから」
「ふえっ……?」
フェリスはロゼッタ姫から荷袋を差し出されて戸惑う。
「で、でも、そしたらロゼッタさんはどうなるんですか……?」
「わたくしなら大丈夫です。なんとかうまく……許してもらいますから」
気丈に答えるロゼッタ姫だが、その顔は青ざめていて。明らかに無理をしているのが、誰の目から見ても読み取れて。
「姫殿下……」
アリシアは王女の健気な心中を思い、胸が苦しくなる。要するにこれは生け贄だ。ロゼッタ姫は、自らの命を差し出してでもフェリスたちを救い、かつ魔導具を守ることで臣民を守ろうとしているのだ。
「そ、そんなこと、させられませんっ!」
フェリスは荷袋を必死に押し返す。優しいお姫様が魔女の毒牙にかかるところなんて、絶対に見たくない。
「フェリス……お願いです。どうかわたくしのためと思って……」
「だ、だめですっ……」
素直にお願いされると聞いてしまいそうになるフェリスだが、ふるふると首を振る。
ロゼッタ姫はため息を吐いて、アリシアとジャネットに目をやった。
「では、言い方を変えます。こういうことはなるべくやりたくないのですが……時間も限られていますし仕方ありません。これは王女としての命令です。フェリスを連れ、魔導具を持って、直ちにわたくしを置き去りにしてください」
「そ、その命令は聞けませんわ!」
「ええ……申し訳ありませんが、姫殿下」
ジャネットとアリシアは、決してうなずかない。
ロゼッタ姫は悲しそうに眉尻を下げた。
「では……、どうすると言うのですか。このままでは、むざむざ全滅するだけで誰も得をしません」
「わ、わたしが……わたしがっ……」
「フェリス……?」
「わたしが、ロゼッタさんを守ります! 守れるかどうか分かりませんけどっ、でもっ、頑張りますから!」
フェリスは震えながら言い放った。
「あなたにそのような責任はないのですよ。あなたは王族を守る騎士団でも、魔術師団でもなく、まだ魔法学校の生徒に過ぎないのですから」
「王族とか、責任とか、関係ないです! わたしがロゼッタさんを守りたいんです! 死んでほしくないんです!」
アリシアが微笑んだ。
「……それでこそフェリスね。本当なら無理はさせたくないんだけど、恐らく他に方法がないし……姫殿下と魔導具のことは任せて、後ろの心配はせず力を出して」
「わたくしも全力で援護しますわ! こ、黒雨の魔女がなんだって言いますの!? 時代遅れの幽霊は、ぶ、ぶっ飛ばしてさしあげますわーっ!」
ジャネットは恐怖で膝が砕けそうになりながらも胸を張る。
「ありがとうございます……わたし、頑張ります!」
フェリスはジャネットと肩を並べ、小屋から大通りへと駆け出す。
暗闇に包まれた王都を走り、声を張り上げる。
「魔女さん! わたしたちはここです! か、かかってくるなら、かかってきてくださぁいっ!」
その呼び声に応えるようにして、周囲の闇が密度を増していく。ざわざわとざわめき、寄り集まって、上空で濃密な澱へと化していく。
闇の澱みの中から、黒雨の魔女が姿を現した。
紅く輝く瞳でフェリスとジャネットを見下ろし、唸るようにつぶやく。
「ようく出てきたな……死ぬ覚悟はできたかのう……?」




