見つけもの
レヴィヤタンという名のたいまつのお陰で周囲の景色はある程度見えるようになったが、やはり王都すべてを見渡すのは難しかった。
濃霧のように立ち込めた闇の中を、フェリスとアリシアとジャネットはレヴィヤタンの炎だけを頼りに進んでいく。
闇の向こうからは、なにか唸るような呟くような、気味の悪い音が途切れ途切れに聞こえてくる。それも、一つの方向からではなく、四方八方から。
「な、なんでしょう、この音……」
「魔物……かしら? ちょっと違う感じもするわね。怨霊……?」
「や、やめてくださいまし……」
フェリスたちは三人寄り集まり、押し合いへし合いしながら歩いている。できる限り誰かとくっついていないと怖い。はぐれた者から迷子になる気がする。そんな気持ちだった。
と、前を進んでいたレヴィヤタンが止まった。
「おや…………」
「どうしたんですか……?」
恐る恐る尋ねるフェリス。何度も助けられてはいるものの、やはり底の知れないレヴィヤタンにはまだまだ遠慮がある。
「この先に、誰かおりますな」
「誰ですか!?」
「さてさて……わたくしが女王様と一緒にいるところを見られては面倒なことになるでしょうから、しばらく姿を変えておくとしますか」
レヴィヤタンはくすりと笑うと、右手を体の前に垂らすお辞儀をした。途端、レヴィヤタンの燃え盛る体がくるくるとまとまり、小さな炎になってフェリスの肩に乗る。
「手乗り召喚獣ですわ!?」
「あら、便利ね」
「か、かわいいですっ!」
小さいレヴィヤタンはお嬢様方にも好評だった。
この外見ならフェリスが炎魔術を使っているだけのように見えないこともないし、部外者に目撃されても問題ない。サイズが変わっても、あいかわらず炎は周囲をしっかりと照らしている。
フェリスたちがさらに進むと、騎士団の本部のあたりから、爆発音が聞こえてきた。
見れば、一人の強面の男性が、杖を握り締めて言霊を詠唱している。その男性に襲いかかっているのは、影のような異形たちだ。ゆらゆらと揺らめき、黒い粘液を垂らしながら男に押し迫っている。
「清廉なる光よ、我が杖に宿り、悪しき者たちを討ち滅ぼせ! デイブレイクロード!」
男性の周りに魔法陣が複数現れ、それぞれから閃光の矢が放たれた。矢が異形を貫き、次々と蒸発させていく。
アリシアが目を見張った。
「あれは……」
「お父様ですわ!」
ジャネットは大急ぎでその男性――魔術師団長グスタフに駆け寄っていく。グスタフはあちこち怪我をしているものの、重傷を負っている様子はない。
「……む? ジャネットではないか。なぜここに来た」
「お父様が姫殿下を追って王都に乗り込んだってミランダ隊長から聞いて、助けに来たんですわ! さあ、一緒に王都の外へ――」
「馬鹿者!」
「きゃー!?」
怒鳴るグスタフ、びっくりしてしゃがみ込むジャネット。
「ど、どうしてわたくしはバカなんですの……?」
ジャネットは涙目で父親を見上げる。
「ワシなんぞ助けに来てどうする! それでもお前はラインツリッヒの後継者か! まずは姫殿下をお助けする方が先だ!」
「で、でも、ここは危なくて……」
「わっはっはっ、ワシのことなら心配するな。魔術師団長たるもの、この程度の有象無象にやられはせぬわ! あまり父親を軽く見るな」
「そう……なんですの?」
「ああ。周りはまったく見えんが、見えずとも魔術は使える。撃てば殺せる。お前たちは気にせず、姫殿下をお救いしろ」
グスタフは杖を振りかざし、復活してきた影たちを再び一掃する。その姿は、いかなる手段を使ったとしても団長の地位を勝ち得た男にふさわしいもので。
「こいつらの狙いがはっきりした以上、ワシはここから離れられぬが、姫殿下は恐らく宮殿だ。急げ」
「分かりましたわ! ……無理しないでくださいましね!」
「ふん……ワシの目が黒いうちには、どこの馬の骨ともつかぬ化け物に好きなようにはさせんさ」
鼻で笑うグスタフを騎士団本部のそばに残し、少女たちは西へと走った。
ジャネットがつぶやく。
「でも……、お父様はなにをしていたのですかしら……?」
「きっと宝物庫を守っていたのよ。化け物たちに黒雨の魔女の魔導具を渡したら大変なことになるから」
「なるほどです……」
自分たちが考えていた魔女の目的が当たっていたことが分かり、フェリスは震えてしまう。
少女たちは大通りを進んだ。
様々な店が建ち並ぶ街路。平時なら賑わっているはずだが、今は人っ子一人見当たらない。
その途中で、フェリスはふと立ち止まった。
「どうしたの?」
アリシアが尋ねる。
「なにか……音が聞こえました」
「ま、また化け物ですの?」
怨霊とは決して言わないジャネット。
「分かんないですけど……ちょと見てきます!」
フェリスが音のした鍛冶屋の方へと走り出す。
「一人で行ったら危険ですわーっ!」
なんて追いかけつつ、本当は自分が怖いジャネットである。
フェリスが鍛冶屋に飛び込むと。
そこには、一人の少女が隠れていた。鎧や盾のあいだに埋もれるようにして、小さくうずくまっている。
「に、人間……?」
当惑の声を漏らしたその少女は、フェリスの見覚えがある顔だった。以前着ていたメイドの作業着ではなく、豪華なドレスに身を包んではいるが、間違いない。
「ロゼッタさん!?」
「フェリス!?」
少女の方もすぐにフェリスに気づき、立ち上がって駆け寄ってきた。
「わー! ロゼッタさんです! ロゼッタさんも逃げ遅れてたんですか!?」
「え、ええ。フェリスはどうしてここに?」
「お姫様を捜しに来たんです! ロゼッタさんも見つかって本当に良かったですーっ! 会えて良かったですーっ!」
「本当に良かったです。妙な魔物が多くて、立ち往生していたものですから」
フェリスがロゼッタの手を握ってぴょんぴょん跳ねると、ロゼッタはにっこりと微笑む。
「ちょ、ちょっと、フェリス。馴れ馴れしすぎますわ」
「フェリス……その方とお知り合いだったの?」
ジャネットとアリシアは当惑している。
「ふえっ? は、はい。この前、王都で迷子になったとき、道案内してくれたメイドさんです!」
「メ、メイドじゃないのよ……。とりあえず、こっちに来て……」
普段は冷静なアリシアが、妙に慌てている。
魔石鉱山で親方たちの空気を読んで生き抜いてきたフェリスのこと、周りの空気がおかしいことには自然と気付く。
「え、えと……、ロゼッタさんって、ロゼッタさんですよね? メイドさんですよね?」
フェリスがおずおずと尋ねると。
「できれば、フェリスには内緒にしておきたかったのですけど……」
ロゼッタは小さくため息を吐いた。
薄闇に包まれた部屋の中、丁寧にお辞儀をして、手の平を胸に添える。
「わたくしは……バステナ王国第一王女、ロゼッタ・ジ・バステナです」




