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十歳の最強魔導師  作者: 天乃聖樹


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王族こわい

「……あれ? ジャネットさん? アリシアさん?」


 ふと立ち止まると、フェリスは近くに二人の姿がないことに気付いた。


 慌てて辺りを見回すが、見つからない。


「ジャネットさあんっ! アリシアさあんっ!」


 必死に呼ばわるが、返事はない。


 王都の大通り、忙しく群衆の行き交う真ん中で、フェリスは立ち尽くす。これは本当にまずい。ジャネットの屋敷の場所を聞いてすらいないし、合流できなかったら帰れない。


 そして、合流する前に王族に遭遇して、処刑されてしまったら。


「ふえ………………」


 心細くて泣き出しそうになるフェリスだが、ぎゅっとゲンコツを握り締めてこらえる。


 こんなところで泣いている場合ではない。早く解決策を考え出して、アリシアたちを捜さなければならないのだ。


 けれど、心細いのはどうしようもないので、フェリスは物陰に隠れた。樽と樽のあいだの狭い空間に体を押し込むと、少しだけ心が落ち着く。要するに小動物の習性だった。


「ここなら、王族の人に見つからないです……」


 フェリスがつぶやいたとき。


「……あなた、なにをしているのです?」


 鈴を振るような声で尋ねながら、可愛らしい女の子が樽のあいだのフェリスを覗き込んできた。


「ひゃーーーーーーーー!?」


「きゃーーーーーーーー!?」


 フェリスはびっくりして悲鳴を上げ、女の子もその悲鳴に驚いて尻餅を突く。


 鮮やかな髪の毛がくるくると巻いた、どこか上品な空気を漂わせる女の子だった。


 年格好は、アリシアより少し幼いくらい。真っ白な肌と磨き抜かれたピンクの爪が育ちの良さを思わせるのに、メイドの作業着を身に着けている。


 靴だけはサファイア色に輝いていて、なにか宝石のようなモノも散りばめられているのが、またちぐはぐな印象を与える。


「ご、ごめんなさい! びっくりさせちゃって!」


 フェリスは慌てて女の子に手を差し出した。


「いいえ、わたくしが悪いのです。急に声をかけてしまったものですから。お昼寝中でしたか?」


「お、お昼寝はしてないですけど……」


「では、本格的に眠っていたのですね」


「眠ってはいないですけど」


「うふふ、それは良かったです」


 立ち上がり、にこにこと笑う女の子。


 よく分からないが悪い人ではなさそうだと、フェリスは感じた。


「あなた、お名前は?」


 会ったばかりだというのに、女の子は親しげにフェリスの瞳を覗き込んでくる。


「あっ、フェリスです! 魔法学校のミドルクラスAの生徒ですっ!」


「あらまあ、そんなに小さいのに魔術師の卵なのですか。しかもミドルクラスだなんて……才能に満ちあふれているのですね」


「い、いえ、わたしなんてぜんぜん……」


 フェリスは縮こまった。相手の女の子もかなり小っちゃいのでは……と思ったけれど、それを言い出す勇気なんてない。


「少し魔術を見せてもらえませんか? 本では勉強しているのですが、実際に間近で魔術を見たことがなくて……危ないから、と止められるのです」


「じゃ、じゃあ、少しだけ……」


 フェリスは宙に手の平を差し出した。


 どんな魔術を使ったらいいだろうと考え、さっきのフロストキャンディーを思い出す。


 フェリスは緊張気味に言霊を唱えた。


「『大樹よ、力強き命の讃歌よ』『我が意志に従いて分かたれ』『紡がれ』『命の像を取れ』」


 地面に転がっていた木の枝が、ふわりと浮き上がった。


 その繊維がたちまち細かく引き裂かれ、より合わされて糸となり、編み物のように織られていく。


 一分と経たないうちに、そこには手の平サイズの可愛らしいウサギのヌイグルミができあがっていた。


「まあ………………」


 女の子は手の平で口を押さえて呆気に取られた。


「はい、どうぞです!」


 フェリスは女の子にヌイグルミを手渡す。


「これ、くださるのですか?」


「はい!」


「……ありがとう」


 女の子はまじまじとヌイグルミを眺める。


「今……使ったのって、まさか複合魔術ですか……? 基本の言霊を組み合わせているように聞こえましたが……」


「複合魔術です」


「そう……ですか……」


「……………………?」


 きょとんとするフェリスを、女の子は観察した。


 一見、フェリスは小さな普通の童女に見えるけれど、違う。これは違う。


 名家の子女の顔は大抵知っているが、見覚えのない顔。それなのにこの年齢でミドルクラスに在籍しているということは、よほどの実力者……あるいは事情があるのだろう。


「あ、あの…………?」


「あ、ごめんなさい」


 凝視されて戸惑うフェリスに、女の子は謝った。抑えきれない興味が湧いてしまったのだが、初対面の相手をあまりじろじろ見るのは失礼だ。


「それで、フェリスはここでなにをしていたのですか? 大事な任務の途中ですか?」


「えと……じゃなくて……、迷子に、なってたんです。どこに行ったらいいのか分からなくて、王族の人に見つからないよう隠れてて……」


「王族に見つからないよう? あなたは反逆者なのです?」


「ち、違います! でもっ、王族の人に無礼なことをしたら処刑されるみたいなのでっ、処刑されたくないから王族の人にはぜったい遭っちゃダメでっ!」


 フェリスは恐怖に震えた。


「まあ……それはそれは大変……」


 女の子は手で口を押さえて笑いをこらえる。


「ど、どうして笑うんですかー!?」


「ごめんなさい、おかしくって。あなたって、いろいろと面白そうな子ですね。わたくし、あなたが気に入ってしまいました」


「ふえ……?」


 急に笑われたり、それなのに気に入られたりと、フェリスはなにがなんだか分からない。


「あなたはどこへ行きたいのです? お詫びに、わたくしが知っている場所になら、案内してさしあげますが」


「え、えと……、ジャネットさんのおうちに……」


「ジャネット……? もしかして、魔術師団長の娘の?」


「はい」


「どういうご関係なのです?」


「友達です!」


「ふうん……それなら、魔術師団長も報告してくるべきなのに……いえ、あえて報告したくなかった、ということでしょうか……」


「え……?」


 フェリスが首を傾げると、女の子は小さく微笑む。


「なんでもありません。ラインツリッヒの屋敷ならよく知っていますから、案内いたしましょう」


「あ、ありがとうございますっ!」


 見も知らぬ相手から親切にされ、フェリスは泣きそうになってしまった。思わず女の子にぎゅーっとしがみつく。


 女の子はフェリスと手を繋いで、街中を進んでいく。なぜか表通りはあまり使わず、裏道ばかりを早足で歩いた。


 しばらくして、大きな屋敷の前にたどり着き、女の子がフェリスから手を離した。


「ここがラインツリッヒの屋敷です。わけあってわたくしは取り次ぎができませんが、使用人を呼んで入れてもらうといいですよ」


「本当にありがとうございます……命の恩人です!」


「命の恩人は大げさですよ」


「大げさじゃないです! お陰で王族の人に会わずに済みましたし!」


 フェリスが真剣に訴えると、女の子はたまりかねたように噴き出す。


「ど、どうしたんですか!?」


「いえ……気にしないでください。それでは、わたくしはここで。またいつか必ずお会いしましょう」


「あ、あの……お名前、聞いても大丈夫ですか……?」


「う……ん……、そうですね」


 女の子はちょっと考えた後、フェリスの耳元を手の平で覆ってささやく。


「……わたくしは、ロゼッタ。誰にも内緒ですよ?」


「…………? 分かりました……?」


 なぜ内緒にしなければいけないのか分からなかったが、フェリスはうなずいた。


 屋敷の前にフェリスを残し、ロゼッタはその場から立ち去る。


 人通りの少ない通りに入り込み、軽く息をついてから、両手を握り締める。


「……さて。もう少し、お散歩を続けましょう」


 意気揚々と、歩き出そうとするロゼッタだが。


 前方に、頑強な鎧で全身を包んだ女騎士が立ちはだかった。


 長髪をなびかせ、厳しい面持ちでロゼッタを見据える。


「……姫。勝手に出歩くのも、いい加減にしてください。城は大騒ぎですよ」


「……あら。今日は見つかるのが早かったですね」


 ロゼッタ姫は肩をすくめる。


「御身の立場を考えてください。万が一のことがあれば、どれだけ大変なことになるか……」


 くどくどと語られる小言を、ロゼッタ姫は軽く聞き流す。


 こんなに早く城に帰らなければいけないのは、残念だが。


「でも……今日は素敵な出会いがあったから、良しとしましょう」


 可愛らしい強大な魔術師の姿を思い浮かべ、密かに微笑んだ。

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