ロッテ先生(中)
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それは、魔法学校のあるトレイユの街から馬車で一時間ほどの距離の村だった。
町と呼ぶには小さいが、村としては栄えた場所。質素な民家が建ち並び、鍛冶屋や雑貨屋といったものまで存在する。
けれど今、その村には住民が一人もいなかった。
村の中央に、巨大な繭が育っているのだ。民家よりも大きなそれは、白い糸を張り伸ばし、うずたかく積まれた巣の上で脈動している。
軍部によって村人たちは避難させられ、村を遠巻きにしながらおののいていた。ついでに近隣の町からも、噂を聞きつけた人々が野次馬に集まっている。
その野次馬たちに混じって、フェリスとアリシアとジャネットの三人は繭の様子を観察する。
「なんか……へんです……」
フェリスがつぶやいた。
「どうしたんですの?」
首を傾げるジャネット。
「わたしの思ってたのと違います……あんまり、まゆげに見えないです……」
「フェリス、あれはまゆげじゃなくて繭よ。ほら、蝶とか蛾が羽化する前に閉じこもるでしょう?」
アリシアが優しく教えた。
「ああ! あれ、まゆってゆうんですね! 勉強になりました!」
「良かったわね」
「良かったです!」
緊迫した空気にもかかわらずフェリスは元気だった。
「それで……、ロッテ先生があの繭の中にいるというのは本当なの?」
「お父様の手紙によれば、そうらしいですわ」
「ロッテ先生、学校に来たくないから繭に閉じこもっちゃったんですか?」
「きっとそうですわ! 教師としての自信を失っちゃったんですわ!」
「さすがにそれくらいで繭にはならないと思うわ……」
三人が話し合っていると、村を包囲していた部隊の中から、見知った姿が近づいてきた。
「フェリスにお嬢様方! こんなところでなにをしているのですか!?」
魔術師団の調査部隊隊長、ミランダである。驚いた様子で目を見張っている。
「や、やじうまですっ!」
フェリスは正直に答えた。
「野次馬はお帰りください! 危険ですから!」
「で、でもっ、ロッテ先生のことが心配でっ!」
「……ああ。あの中身をご存じなのですね」
ミランダの表情が変わった。ジャネットに視線をやる。
「閣下からお聞きになったのですか」
「そうですわ! 担任の先生のことなら、わたくしたちが来てもおかしくないでしょう!?」
「すみません……あまり大きな声は……。あの中に普通の人間がいることは、住民たちには秘密なのです。余計な混乱を招きますから」
ミランダ隊長はジャネットに頭を下げた。
「まあ……そうでしょうけれど……」
ジャネットは口ごもる。
ミランダ隊長は厳しい面持ちでフェリスたちの顔を見回す。
「これから、魔術師団が総力を挙げて繭に攻撃を仕掛けます。どんな反応が起きるか分からないので、皆さんは遠くに避難していてください」
「攻撃!? 中に先生がいるのにですか!?」
フェリスは目を見開いた。
「仕方ないのです。今まで内部の人間を救出しようとして兵士が繭に接近しましたが、繭からの迎撃で多数の兵士が致命傷を負っています。中には、近づきすぎて繭に捕食されてしまった者までいるのです」
「それは……」
軍部が総攻撃を仕掛けるのも当然だ、と思ってしまうアリシア。
けれど、フェリスは憤慨する。
「そんなの、そんなのひどいです! ロッテ先生が怪我しちゃうかもしれないです! もしかしたら、し、死んじゃ……」
小っちゃなゲンコツを握り締め、じわりと涙ぐむ。
ミランダ隊長は慌てて手を振った。
「だ、大丈夫ですよ! ロッテ先輩が少しでも顔を出して、そのとき繭の攻撃が緩んでいたら、私が引っ張り出しますので! 先輩が死ぬのは私も許せませんから!」
「ロッテ先生が顔を出さなかったら……?」
「え、ええっと、その場合は……」
じいいいっとフェリスから無垢な瞳で見つめられ、ミランダ隊長は焦った。幼い女の子を泣かせたくはないが、現状、ミランダ隊長だけで軍部の作戦を覆すことなどできない。
そもそもこれだけ被害が出ていれば、他に選択肢もないのだ。
「と、とにかく! 皆さんは後ろに下がっていてください! こんな大勢の前でなにかしようとは思わないでくださいね!」
特にフェリスは、とミランダ隊長は目で合図した。あの強大な力を公衆の面前で行使されたら揉み消すのが困難すぎると。
それをアリシアとジャネットは察するが……フェリスはよく分からず、きょとんとする。
ミランダ隊長は焦り気味に部隊の方へと戻っていった。魔術師団長からはフェリスの力を隠すようにと言い含められているし、あの力があまりにも公になると国際情勢にも悪影響を及ぼす。
――神の力は偉大だけど、それに頼りすぎるのは……危険だ。
ミランダ隊長は内心でつぶやいた。フェリスが神なのか悪魔なのか、それとも他の何者なのかはまだ分からないけれど。
そして、何百という兵士たちが繭への攻撃を開始する。
魔術師たちが言霊を唱えて炎を放ち、弓兵たちが雨あられと矢を浴びせる。
「だめっ、だめですーっ!」
フェリスは悲鳴を上げるが、攻撃は緩まない。同胞たちを幾度も傷つけられた兵士たちは、鬼の形相で繭に立ち向かう。
魔術の炎が繭にまとわりつき、燃え上がらせた。
弓矢が繭に刺さり、どろどろと紫の体液が溢れ出す。
「やった! 効いてるぞ!」「そのまま押せ!」「仲間たちの仇討ちだ!」「行け行けえっ!」
兵士たちが歓声を沸き起こらせ、勢いづく。
だがそのとき、繭が大きく脈打った。周囲に黒い稲光が走り始め、繭の表面がどろどろと溶解する。濃密な瘴気が放たれ、炎の赤が闇黒に呑まれていく。
次の瞬間、繭から大量の白い塊が吐き出された。塊は地面に落ちるやむくむくと起き上がり、人の形になって蠢き始める。
無数の白い人形の姿はまるで……。
「ロッテ先生!?」
ジャネットは目を疑った。
ロッテ先生の写し身のような人形たちが、空に浮かび上がる。禍々しい叫び声を響かせ、兵士たちに襲いかかってくる。
鋭い顎で人形に噛みつかれ、必死に振りほどこうとする兵士たち。
人形の口から放たれた魔法弾に襲われ、吹き飛ばされる村人たち。
大混乱が巻き起こった。
人形たちがけたたましい笑い声を立てる。
「アハハ! アハハハハ! すっごーい! この魔力、すごいよー! 私はこれがやりたかったんだ! 教師なんてくだらないことしてないで、ブリンダ先生と一緒に軍に入って、たくさんたくさん殺したかったんだ! なのに! なのに! なんでお前たちばっかり軍部に! ずるい! ずるいずるいずるい!」
「これ……ロッテ先生の声ですわ!」
「ち、違いますようっ! ロッテ先生はこんなこと言いませんようっ!」
フェリスは必死に否定する。
そう、ロッテ先生はとっても優しい先生だ。酷いことを口走ったり、人を傷つけたり、あまつさえ殺そうとしたりするなんて、するわけがない。フェリスは信じている。
「きっと瘴気の影響で言わされているだけだろうけど、まずいわね。ここまで大暴れを続けていたら、魔術師団がもっと強硬手段に出るわ。要塞型の魔導兵器とかも送り込むかも……」
「そんなことしたら、村ごと先生が吹き飛びますわよ!?」
「でも、鎮圧するためには仕方ないと考えるはずだわ。軍隊って、そういうところでしょう?」
「うう……」
魔術師団長の父を持つジャネットはうなだれた。アリシアと同じく、ジャネットは知っている。軍隊の考えそうなこと、取りそうな選択を。
だが、フェリスは受け入れられない。どんな選択が現実的であろうと、感情に抗えない。自分を優しく教え導いてくれたロッテ先生の危機を、黙って見過ごすことなどできない。
「わたし……わたし……ロッテ先生を連れ戻してきます!」
「フェリス!?」
驚くアリシアとジャネットのところから、フェリスは猛スピードで駆け出した。
野次馬たちのあいだを駆け抜け、バリケードをかいくぐり、兵士たちのあいだに飛び込む。
「ちょっと! なにをしているのですか! フェリス! 誰かその子を止めてくださいっ!」
ミランダ隊長は慌てるが、フェリスは兵士たちの手からちょこまかと逃げ回る。
そして、繭に向かって全力ダッシュする。
ロッテ先生の姿をした人形たちが、フェリスに襲いかかってきた。
「邪魔しないでくださあいっ! ふぁいあばれっと!!!!」
だが、フェリスは両手から次々と炎の塊を撃ち出し、人形たちを吹き飛ばしていく。
繭から瘴気の塊が大噴射されてフェリスに叩きつけられるが、フェリスはものともしない。その洋服は傷つきもしない。
「な、なんだ、あの女の子……」「目の錯覚か……?」「魔法、効いてない気がするんだけど……」「い、いや、まさかな……?」
唖然とする兵士たち。
「ああもうっ……事後処理が大変だぞ……」
ミランダ隊長は頭を抱えた。




