闇の沼
ラノベニュースオンラインアワード2017年3月刊で、十歳の最強魔導師が新作総合部門に入選しました! ありがとうございます!!
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「こ、この中も調べるんですか……? 暗くて怖いんですけど……」
フェリスが震えながら尋ねた。
「だ、大丈夫ですわ! わたくしがついていますもの! 最近ではお部屋を暗くして眠れるようになったこのジャネット・ラインツリッヒがついていますものー!」
強がるジャネット。
「最近まで暗い部屋では眠れなかったのね……可愛いわね、ジャネットって」
くすくす笑うアリシア。
「かかかかかか可愛くなどありませんわっ! ラインツリッヒをバカにしたら、たとえフェリスの前でも容赦いたしませんわよ!」
「どうするのかしら?」
「全力で悪口を言いますわ!」
「や、やめてくださいようっ! 悪口はダメですうっ!」
フェリスは急いで止める。
ミランダ隊長は三人の顔を見回した。
「まさか、そんな危険なところまで皆さんには行かせるわけにはいきません。ここまで協力してもらっているだけでも申し訳ないですし」
「じゃあ、どうするの?」
「私が中に侵入して汚染の核を見つけてきます。もし私が助けを呼んだり、私の反応がなくなったりしたら、鎖を引っ張ってください」
そう告げると、ミランダ隊長は腰に長い鎖を巻きつけ、その端をフェリスに持たせた。
責任重大と感じたフェリスは武者震いする。
「わ、分かりました! 頑張ります!」
「お願いしましたよ……!」
ミランダ隊長は結界石の首飾りを何重と首にかけると、決死の表情で闇の空間へと突入していった。
すぐに隊長の姿は闇に呑み込まれ、フェリスたちの方からはまったく見えなくなる。
フェリスたちはそのまま、なにもできることはなくひたすら待った。
周囲からは魔力に汚染された生き物の唸り声が聞こえてきて、いつ飛びかかられるかと気が気ではない。
フェリスは自分がミランダ隊長の命綱を握っているのだという事実に緊張し、手が白くなるまで鎖を握り締めている。
ジャネットがぽつりとつぶやいた。
「……隊長、遅いですわね」
「そんな簡単に汚染の元は見つからないわよ」
「ですよね……」
そして待つことしばらく。
「……いくらなんでも遅くありませんかしら?」
「……ちょっと呼んでみた方がいいかもしれないわね」
「た、たいちょうさあん……」
フェリスが恐る恐る声をかけるが、返事はない。
「隊長さん!? どうかしましたか!?」
叫んでみても、返事はない。
「隊長さああんっ! なにかあったんですか!?」
闇に包まれたエリアから人の声はせず、ザワザワと不協和音の蠢く音だけが聞こえている。
「ちょ、ちょっと! まずいですわよ! 絶対なにかあったんですわ!」
「わわわわわ……助けにいかないとっ!」
「うかつに入っちゃダメよ! 私たちまで帰ってこられなくなるわ!」
「ど、どどどどどうしたら!? どうしたら!?」
フェリスは混乱した。
中に入るのがダメなら、外から隊長の様子を確認しなければならない。闇に対抗できるのは、光だった。だったら――。
フェリスは必死に記憶を探り、一番最初に使った魔術を思い出す。
「ぶ、ぶらいとーーーーーーーーーっ!」
途端、光が爆発した。
アリシアの屋敷で初めて唱え、危うく建物を消滅させそうになった言霊。怖くてまた使うことは控えていた言霊。
それがとてつもない威力で発動し、闇を侵食していく。
濃密な瘴気が一部弾き飛ばされ、汚染エリアの最奥が見渡せるようになる。
「ミランダ隊長はどこですの!?」
「あそこよ!」
見れば、ミランダ隊長は巨大な黒い団子のようなものにずぶずぶと体を沈めて目を回している。
「隊長さん!? 大丈夫ですか!?」
「ぶくぶくぶくぶく……」
「ぶくぶくってどういう意味ですか!?」
「窒息しかけてるんですわ! 早く助けないと!」
三人が無我夢中で鎖を引っ張ると、ミランダ隊長の体がすぽーんっと黒い団子から引っこ抜けた。
ミランダ隊長は勢い良く地面に転がり、うめきながら起き上がる。
服のあちこちを溶かされ、ちょっと恥ずかしい姿になってしまっているが、外傷はない。周りには女の子しかいないから、特に問題はない。
「やりました! これが汚染の核ですよ!」
ミランダ隊長が意外と元気に突き出した手には、漆黒の花が握られていた。
葉っぱの部分には目玉のような模様が浮き上がり、根っこはうにょんうにょんと気味悪く蠢いている。
「これは……シクレミンね。お墓によく供えられる花だけれど……」
「シクレミンとは呼びたくないぐらい汚染されていますわね」
「どうするんですか、これ?」
少女たちはおっかなびっくり遠巻きに漆黒の花を眺めた。
「結界魔術の施されたケースに保存して、魔術師団の本部に持って帰ります。魔法学者たちに分析してもらえば、魔力汚染の元凶が特定できるかもしれません」
ミランダ隊長は荷袋から頑丈そうなケースを取り出すと、中に漆黒の花を丁寧にしまい込み、ケースの鍵を厳重に閉める。
「それでは、戻りましょう。あまり汚染地帯に長居すると危険です」
ミランダ隊長がケースを荷袋に収納し、全員で最奥エリアを脱出したときだった。
荷袋が破裂し、中から先程のケースが飛び出したのは。
「ひゃああああああああ!?」
響き渡るフェリスの悲鳴。
いや、ケースは飛び出したのではない、ひとりでに膨張して、荷袋を引き裂いたのだ。
ケースの外側に無数の黒い花が咲きこぼれ、そのあいだから根が突き出して、凄まじい速度で伸び始める。
同時に、ケースがまるで生物のような柔軟性を見せながら膨張していく。
がぱああっ、とケースが蓋を開き、そのあいだに鋭い牙が突き出した。
外壁のあらゆる部分に眼球が浮き出す。
大顎から紫色の唾液が溢れ落ちる。
それは――ミミック。
しかも、普通のミミックではない。人間を丸飲みできそうなほど大きく、凶悪な瘴気を撒き散らす、災害級のミミックだった。
「ウギョルウギョルグ、ウギョギョルゲエエエエエ!」
「なに言ってるか分かりませんわあああああっ!」
ミミックは咆哮を上げながら、少女たちに襲いかかってくる。
ミランダ隊長は驚愕した。
「結界魔法を施したケースが汚染の核に乗っ取られるなんて……そんな、まさか! あり得ません! これは夢です!」
「現実逃避しないで!」
ミミックが喰らいついた地面から、アリシアはフェリスを抱えて飛び退く。
固い大地をミミックはやすやすとかじり取り、貪欲に貪り、それでも足りぬとばかりに数百の目玉をフェリスたちに向ける。
ミランダ隊長は杖を振り上げ、早口で言霊を唱えた。
「聖なる光よ、我らを照らすあまねく力よ、その穏やかなる息吹で穢れを清めたまえ――ホーリィライト!」
浄化魔法の光が、ミミックに突き刺さった。
ミミックは苦悶の声を上げることもなく、外壁から太い根を突き出してミランダ隊長を薙ぎ払う。
ミランダ隊長は地面に叩きつけられ、その美しい頬から血が噴き出した。
「そ、そんな……! 浄化魔法がまったく効いていない……!?」
愕然とするミランダ隊長。
それどころか、巨大なミミックはますます荒れ狂い、瘴気を噴き出しながら大きくなっていく。
「ま、まずいですわよ! このままじゃっ……!」
「早く逃げるわよ!」
「間に合いませんわーっ!」
四人が逃走する速度よりも速く、ミミックは膨張して汚染地帯を埋めていく。
フェリスは大慌てでミランダ隊長の言霊を真似する。
「聖なる光よ、我らを照らすあまねく力よ、その穏やかなる息吹で穢れを清めたまえ――ホーリィライト!」
フェリスの小さな体から、眩い光が爆発した。
暴力的なまでに激しい光の嵐に、一瞬にしてミミックの全身が溶解させられ、霧となって吹き飛ばされる。
それだけではなく、汚染地帯に漂うあらゆる瘴気が、まるで蒸発するかのように消滅させられていく。
瘴気が晴れた後、そこには美しい草原が広がっていた。
「た、助かりましたの……? わたくしたち……」
呆然とするジャネット。
「ふぁぁぁ……死ぬかと思いましたぁ……」
安堵して座り込むフェリス。
「な、なんという……力なのですか……」
ミランダ隊長は畏怖の念に満たされてフェリスを見つめる。
隊長の目が知的好奇心に輝き、その腕がフェリスに飛びつく。
「どうやったのですか!? あなたの力はどこから出てくるのですか!? ここですか!? それともここですか!?」
「ふええええええええ!?」
全身をくまなく探索され、フェリスは目を白黒させた。
「教えてください! 気になります! どこがどうなってるんですか!?」
「や、やめっ、くすぐったいですっ、ひゃっ、だめですううっ!」
「いいじゃないですか、もったいぶらなくても! 女の子同士なんですからっ!」
「ちょっと! わたくしのフェリスになにをするんですの!? わたくしだってそんなことしたことありませんのにっ!」
ジャネットの怒り方は少しずれている。
「だ、だれかぁ! たすけてくださあいっ!」
汚染地帯を一瞬で浄化した強大な魔導師は、情けない悲鳴を響かせる。
そこへ、アリシアが助け船を出すようにしてつぶやく。
「ねえ……あそこ、なんだか気になるものがあるのだけれど……」
アリシアが指差した先、汚染の核が見つかった場所には……小さな石造りの建物が姿を現していた。
汚染されていたあいだは闇に包まれていたものが、濃密な瘴気が消えたことで見えるようになったらしい。
「あれは……祠……ですかしら……?」
「慰霊の祠のように見えますが……見たことのない建築様式ですね……」
ミランダ隊長と三人の少女たちは、恐る恐る祠に近づいていく。
あちこちがひび割れた石材、風化して朽ちかけた表面。いつの時代のものとも知れず、奇妙な空気を漂わせている。
そしてその床には、地の底へと続く階段がぽっかりと真っ黒な口を開けていた。




