調査のおてつだい
魔法学校の校長室。
フェリスはミランダ隊長と共に、校長先生やロッテ先生と向かい合っていた。フェリスの隣には、心配して付き添ったアリシアとジャネットもいる。
ロッテ先生がミランダ隊長に笑顔を向ける。
「久しぶりー、ミランダちゃん! 相変わらず暴走しまくってるみたいだねー」
「ロッテ先輩! 私は一度も暴走したことなどありません! 言いがかりはよしてください!」
ミランダ隊長は憤然として答える。
「自覚がないのがミランダちゃんの困ったちゃんなところだよねー」
「自覚もなにも、事実がないのだから仕方ありません! 私は全力で務めを果たしているだけです!」
言い合う大人の女性二人(ロッテ先生は少女の外見だが)を、フェリスたち三人の生徒が眺める。
「あわわわ……先生たちが喧嘩してます……」
「喧嘩ではないと思いますわ。ミランダ隊長って、ロッテ先生の後輩だったんですのね……」
「まあ、王国軍の魔術師は基本的に魔法学校の出身だし、世界は狭いわよね」
要するにミランダ隊長にとってここは母校であり、だからこそ伸び伸びとフェリスの追跡をすることができたのだ。ちなみに、天井裏の監視スペースなども、ミランダ隊長が在校時に発掘しておいた場所だった。
校長先生がミランダ隊長に話しかける。
「それで、フェリスをしばらく借りたいという話だそうじゃが……」
ミランダ隊長はうなずいた。
「はい。フェリスの驚異的な能力が、今回の調査にはどうしても必要なのです。国内で頻発している魔力汚染の原因を突き止めるため、何卒ご許可を……!」
「許可を出すのは構わんのじゃが、一つ約束をしてほしい」
「はい、誓います!」
「いやいや、せめて約束の内容を聞いてから誓ってくれんか。そそっかしいのはお主の弱点じゃよ?」
「申し訳ございません!」
深々と頭を下げるミランダ隊長を見て、アリシアはくすりと笑う。
「この暴走っぷり、なんだかジャネットに少し似ているわね」
「なにをおっしゃっていますの!? わたくしは暴走などしたことは生まれてから一度もありませんわ! ね、フェリス!?」
「ふえ!? えとっ、えとえとっ!」
いきなり振られて困るフェリス。暴走こそがジャネットそのものだとくらいまで思うのだが、それをはっきり言ったら怒られそうな気がする。
校長先生はミランダ隊長に告げる。
「フェリスの力のこと、その威力、種類、行使方法については、絶対に誰にも漏らさないようにしてほしいのじゃ。そのため、他の隊員の同行は避け、調査報告書にも決してフェリスの存在を書かないようにしてもらいたい」
「了解いたしました。魔術師団長閣下からも、フェリスの情報は完全に隠匿するように釘を刺されていますし、私とフェリスのみで行動します」
ミランダ隊長の言葉に、アリシアが手を挙げる。
「そのことなんですが……私も一緒に行ったら駄目でしょうか。フェリスだけを行かせるのは心配で……」
「わたくしもおともしますわ! ミランダさんとフェリスを二人きりにするのは、フェリスが心配ですもの!」
「そうだね、私もすごく心配だよ」
「ワシもすごおく心配じゃ」
「ロッテ先輩!? 校長先生まで! どうして私を信用してくれないのですか!」
困惑するミランダ隊長だが、結局、調査にはアリシアとジャネットも同行することになり、こうして一時的に四人のチームができあがった。
朝早くに魔法学校を出発したミランダ隊長とフェリスたちは、隊長が倒れていた沼に再び戻ってきた。
沼は相変わらず魔力に汚染されており、ドス黒い瘴気に包まれている。
「それで……フェリスは本当に、そのまま汚染地帯に入っても平気なのですか?」
ミランダ隊長が念を押すように尋ねると、フェリスは笑う。
「はいっ! なんかだいじょぶみたいです、よく分かんないですけど!」
「物凄く不安になるお返事なのですが……。私が使っている結界石を一応持っておきませんか?」
隊長は自分の首に掛かっている宝玉を指差した。
「だいじょぶです!」
「そうですか……。では、アリシア様とジャネット様はこちらを」
「ありがとう」
「使わせてもらいますわ!」
アリシアとジャネットは結界石の首飾りをミランダ隊長から受け取って首に提げた。
「それを装着しておけば、結界石が黒く変色するまでは魔力汚染から身を守ることができます。……できれば、お二人には汚染地帯に入らないでほしいのですが。万一のことがあったら両家に私が抹殺されます」
「そのときはそのときですわ!」
「いやいや本当に困ります! 魔術師団長のお嬢様と、前魔術師団長のお嬢様なのですから……」
ミランダ隊長はため息をついた。
「隊長は、どうしてこの前倒れていたの? 結界石の限界を超えちゃったのかしら」
「そうではありません。一人で深部に進みすぎたせいで、敵の対処が追いつかなくなったのです。まさかあそこまで魔物が凶暴化しているとは思わず、背後を取られて集中攻撃を受けて……」
フェリスがゲンコツを握り締める。
「だったら、みんなでいけば安心ですね! わたし、頑張ります!」
「わたくしもしっかりフェリスを守りますわ!」
「人数が多い方がいいわよね」
「えいえいおー、ですっ!」
少女たちは手を重ね合って意気込んだ。
汚染地帯を、フェリスたちとミランダ隊長が進んでいく。
魔力に侵された動物たちが何度も襲いかかってくるが、フェリスたちは優れたチームワークで撃退していた。
ミランダ隊長は目を見張る。
「本当に……フェリスは生身で魔力汚染の影響を受けないのですね……」
それは、魔法理論のすべてを冒涜するかのような光景だった。高濃度の魔力を浴びて無事な生物が存在するわけがないのに、フェリスはまるでピクニックにでも来ているかのようなノリで汚染地帯をほのぼのと歩いているのだ。
フェリスはにこにこした。
「逆に、ちょっと気持ちいです。瘴気?みたいなのを浴びてると、お風呂に入ってるみたいな感じがするとゆうか」
「瘴気が心地良い……? それって、まるで……」
魔物のようだ、と言いかけてミランダ隊長は口をつぐんだ。魔物なら、体表の分かりやすいところに独特な魔紋が出ているはずだし、正気を保てるはずがない。
なにより、この少女には魔物の持つ禍々しいオーラといったものが一切感じられなかった。むしろ、どこか神々しく、そばにいるだけで癒されてしまうような気さえする。
――いったい、この子は何者……?
ミランダ隊長は、自分の中の知的好奇心が膨れ上がるのを感じた。調査部隊としての任務でなくとも、フェリスのことを調べたくなる。
「まるで、なんですか?」
きょとんとするフェリス。
ミランダ隊長は慌てて咳払いした。
「な、なんでもありません。それにしても、アリシア様とジャネット様の戦闘力には驚きました。魔力汚染を受けた魔物とも互角に戦うだなんて」
「ふふん、当然のことですわ! ラインツリッヒの力をなんだと思っていますの?」
胸を張るジャネット。
「私はフェリスに特訓をしてもらったから、力が上がっただけよ。いつまでも成長しないままじゃ、フェリスと一緒にはいられないもの」
アリシアは微笑む。
フェリスは悲しそうな顔をした。
「ど、どうして一緒にいられないんですか?」
「どうしてかしらねえ。まあ、フェリスと一緒にいるといろいろあるから、かしら」
「ふえ!? わ、わたし、やっぱり迷惑ですか!?」
「迷惑なんかじゃないわ。むしろ、毎日が幸せよ」
「わたくしもですわ! フェリスと一緒にいるためなら、たとえ火の中、水の中、瘴気の中だって……喜んで突っ込む覚悟ですわ!」
「あ、ありがとうございます!」
アリシアとジャネットから力強く請け合われ、フェリスは安堵する。ここまで優しくしてくれる二人なのだから、いつかなにかの方法で恩返ししなければならないと強く感じた。
――そのためには、しっかりおしごとできる人にならないとです!
今回の調査部隊の手伝いも、将来の仕事に慣れる上で良い訓練になるだろう。このチャンスをきちんと活かそうと意気込む、まじめなフェリスだった。
と、そのとき、ミランダ隊長が杖を構えて身を固くする。
「皆さん、ちょっと止まってください」
「ふえ? ど、どうしたんですか……?」
隊長の険しい顔つきに、フェリスたちも身構える。
「ここから、瘴気がかなり濃くなっています……。この先が魔力汚染の中心地……汚染の原因が存在するところだと思われます」
少女たちの前方に広がっているのは……漆黒の闇に覆われた空間だった。
今は、昼間だというのに、先の景色を見通すことができない。
フェリスとアリシアとジャネットは小さな体を寄せ合い、ごくりと喉を動かした。




