隊長と追いかけっこ
「よ、よろしくお願いします……フェリスです」
フェリスはおずおずと頭を下げた。すぐに後じさり、アリシアの後ろに隠れてミランダ隊長を見やる。
さっきは無我夢中だったからミランダのそばにいても平気だったが、基本的に強そうな人は怖いのだ。
ミランダ隊長はいかにも有能な雰囲気をまとった凛々しい女性で、全身に自信が満ちあふれていた。
ジャネットとアリシアの方に視線をやると、目を見張る。
「誰かと思えば、魔術師団長のお嬢様ではありませんか! しかもロバート閣下のお嬢様まで! どうしてここに!?」
ジャネットが説明する。
「わたくしとフェリスとアリシアの三人で、冒険者ギルドの職場体験に来ていたんですの。そこで請けたクエストで調査をしていたときに、あなたをフェリスが見つけて救出したんですのよ」
「なるほど……しかし、なぜラインツリッヒ家のジャネット様とグーデンベルト家のアリシア様がご一緒に……?」
ミランダ隊長は首を傾げた。その二つの名家は、大昔から競ってきた宿敵同士のはずなのだ。
「そ、それは……」
耳を赤くするジャネット。
「私たちは三人とも友達だからよ」
代わりにアリシアが笑って言った。
「ラインツリッヒとグーデンベルトが手を結んだ……いったい、この国の政局に何が……? 大きな陰謀が渦巻いている予感がします……」
「陰謀なんてないわよ。普通に仲良くなっただけよ」
「いいえ、そんなはずがありません! 陰謀です! 私の嗅覚がささやいているのです……!」
ミランダ隊長はぐるぐると陰謀論に囚われる。
隊員たちは肩をすくめながら苦笑した。
「すみません、隊長は職業柄、物事を深く考えすぎるところがあって……」「この前なんて、普通の黒猫を『これは敵国の使い魔だ!』って一週間ぐらい追いかけ回して……」
「それは大丈夫なのかしら……」
心配するアリシアである。
ミランダ隊長はフェリスに視線を戻した。
「だが、あの凶悪な汚染地帯で、どうやって私を救出したのだ? 子供など、数分と保たず死ぬか異形化してしまうはずだが……」
「あ、えっと、わたし……むぐぐぐっ!」
素直に説明しようとしたフェリスの口を、アリシアが手の平で塞いだ。が、フェリスが苦しそうにじたばたしたので、すぐに手を離す。
「ぷはっ! アリシアさん、どうしてお口塞ぐんですか?」
フェリスが尋ねると、アリシアは顔を寄せてささやく。
「知られない方がいいことだからよ。あなたの情報があちこちに広がったら、大変なことになるわ」
「たいへん……? どういうことですか……?」
「そうね……、魔法研究所に閉じ込められて、いたーい実験を毎日されるからも……」
「ふえ!? わたし、いやです! じっけん、いやです!」
「それなら、しーっ、よ」
「はい、しーっ、です!」
フェリスはこくこくとうなずいた。
なぜ自分が魔法研究所に閉じ込められる羽目になるのかはよく分からないけれど、アリシアの言うことに間違いはない。いつも自分を導き守ってくれるアリシアのことを、フェリスは絶対的に信頼していた。
それはもはや、子供が母親に抱く感情と似たものなのかもしれない。フェリスは母親の庇護下にいた記憶が一切ないから、その感情の正体を知ることはできなかったが。
ミランダ隊長が怪訝げな顔をした。
「何か……私に隠しているのですか……? ひょっとして、その子は隣国の研究所で製造された魔導生物なのでは……」
「それは絶対に違いますわ!」
断固否定するジャネット。
「じゃあ、なんなのですか? どうして魔力汚染の影響を受けていないのですか? 何か特別な魔導具があるのですか? 気になります。非常に気になります」
ミランダ隊長はぐいぐいとフェリスたちに迫ってくる。さっきまで倒れていたというのに、驚異的な回復力と生命力。
ベテランの魔法兵から高い背丈で見下ろされると、フェリスたち三人の小さな少女は尻込みしてしまう。
「な、なんでもありませんわ! 詮索は無用ですわ!」
「ええ、なんでもないわ。私たちは学校に戻らないといけないから、これで!」
「ごめんなさーーーーーーーいっ!」
「あっ……」
脱兎のごとく逃げ出すフェリスたちに、ミランダ隊長はぽかんとした。
数日後。魔法学校に戻ったフェリスたちは、元通りの生活に戻……ることはなかった。
教室で魔術史学の授業を受けながら、フェリスは落ち着かずきょろきょろしてしまう。
「どうしたの、フェリス」
隣の席からアリシアが尋ねた。
「なんか、誰かに見られてる気がします……」
「そう? 気のせいじゃない?」
「そうでしょうか……」
「うんうん、ほら、深呼吸してリラックス」
アリシアにとんとんと背中を叩かれ、フェリスは深呼吸しながら背伸びをする。
そして、見えてしまった。
天井の裏から、じいいいいいいいいっとこっちを見下ろすミランダ隊長の姿が。はあはあと肩で息をし、双眼鏡でこっちを覗き込んでいる。
「ふええええええええ!?」
授業中の教室に、フェリスの情けない悲鳴が響き渡った。
それからというもの、ミランダ隊長の執拗な追跡は所構わず続いた。どうやら、フェリスたちの様子に調査部隊としての本能をいたく刺激されてしまったらしい。
「わーい! やっとごはんですーっ!」
フェリスが大喜びで学生食堂の席に座ると、隣からさりげなく声がかかる。
「昼食、一緒に取っても構わないか?」
「えっ……?」
見上げると、ミランダ隊長が軍用の乾パンを大量に抱えてにっこり笑っていたり。
「アリシアさん、早く帰ってきてほしいです……」
フェリスが珍しく一人で女子寮のお風呂に入っていると、背後から声がかかる。
「背中、流してあげようじゃないか」
「えっ……」
「ついでに、君のこともしっかり教えてほしい」
振り向くと、ミランダ隊長がタオルと手帳を持って全裸で待機していたり。
「ふあ……?」
フェリスがなんとなく違和感を覚えて目を覚ますと、なぜかベッドの中が狭い。
「アリシアさん……? 急に大っきくなっちゃった感じがするんですけど……」
一緒に寝ているアリシアに話しかけると、
「おはよう。それでは君の調査を始めようか」
振り向いたアリシアはアリシアではなく、ミランダ隊長だったり。
アリシアはいつの間にか隣のベッドに移動させられて寝息を立てていたり。
「最近、フェリスがどんどんやつれていっている気がしますわ……」
ジャネットはフェリスやアリシアと三人で魔法学校の廊下を歩きながら、心配そうに言った。
「えへへえ……へとへとです……」
フェリスは弱々しい笑みを浮かべた。
アリシアはため息をつく。
「なんとかならないのかしら……。調査部隊として仕事熱心なのは素敵だけれど、このままじゃフェリスの秘密が漏れちゃうわ」
「わたくしがお父様に掛け合って、注意してもらいますわ! フェリスはわたくしが守りますの!」
ジャネットは胸を張って言い放った。
「どうして私は急に呼び出されたのでしょう……?」
王都の魔術師団長の執務室で、ミランダ隊長は首を傾げていた。
執務机には、魔術師団長グスタフ――ジャネットの父親が、苦虫を噛み潰したような顔で座っている。
「娘の友人、フェリスについての話だ」
「閣下もご存じだったのですか! あの少女はいったいなんなのですか!? 情報をお持ちでしたら、是非教えてください!」
ミランダ隊長は全力で迫ってくる。
その勢いには、国内きっての策謀家であるグスタフ団長すらたじたじだ。
「待て。もうフェリスには関わるな。あの少女に関するあらゆる情報は、完全に統制しなければならない」
「それは……どういった理由で……?」
「理由すらも他言できない。それほどの機密だ。フェリスはグーデンベルト家が保護し、魔法学校校長のウィルト卿が監督し、魔術師団長のワシが支援している。そういうことだ」
「グーデンベルト家とラインツリッヒ家とウィルト翁が……?」
それはもはや、バステナ王国の魔術界における有力者たちのほとんどで。予想以上に大きな機密に足を踏み入れてしまったことに、ミランダ隊長は慄然とした。
「では、せめて! フェリスを今回の魔力汚染の調査に協力させてください! 今回の事件を解決するには、どうしてもあの少女の力が必要なのです!」
「いや……娘の友人を危険に晒すというのはだな……」
ジャネットが泣くのは困る、子煩悩のグスタフ団長である。あらゆる政敵を叩きのめすほどの冷酷さと大胆さを持ち合わせてはいるが、娘には弱いのだ。
「このまま魔力汚染の原因を放っておけば、ジャネット様にも危険が及ぶのですよ! 今回の調査は大至急進めなければ! お願いいたします!」
「ワシからフェリスに強制するわけにはいかん。引き受けてほしいなら、フェリスに誠意を示すことだ」
「誠意とは……?」
「その辺りは、自分で考えるのだな」
グスタフ団長に話を切り上げられ、ミランダ隊長は顎をひねりながら執務室を後にした。
そして、数日後。
フェリスが寮の自室に帰ると、
「お帰りなさいませ、フェリス様!」
メイド服に身を包んだミランダ隊長が待ち構えていた。
「ひっ……」
フェリスは小さな悲鳴と共に、部屋の扉をそっと閉じる。
「どうしたの、フェリス?」
アリシアが尋ねた。
「お、おへやのなかに……へんなひとが……」
「変な人ではございません!」
メイド姿のミランダ隊長が部屋から飛び出してくる。
「フェリス様には、ぜひぜひ魔力汚染の調査にご協力いただきたく! その代わり、私がフェリス様のメイドとなって誠心誠意尽くすつもりです!」
「い、要らないですようっ、メイドなんて!」
「では奴隷でも構いません! 私には、いえ、この国には、どうしてもフェリス様のお力が必要なのです! これ以上フェリス様のお力の正体は詮索しませんから! なにとぞ! なにとぞ!」
ミランダ隊長はフェリスの前で土下座する。
「あわわわわわ……。わかりました、わかりましたからあ……。あと、様ってつけるのやめてください……」
「フェリス、引き受けるの?」
アリシアが目を丸くした。
「だって、ここまで言われたら……」
本来、人の頼みを断るのは苦手なフェリスである。
「ありがとうございますっ! フェリス! 本当に感謝します!」
「ふええええええ!? 潰れちゃいますうううう!」
ミランダ隊長に全力で抱き締められ、フェリスは危うく死にそうになった。




