街中をお邪魔します!
フェリスたちは魔力の吸われている流れをたどり、てくてくと歩いた。
温かい陽射しの降り注ぐ昼下がり、三人で並んで歩いていると、まるでお散歩のような心地良さ。並木道の景色は綺麗で、大事な調査中だというのにフェリスは眠くなってきてしまう。
「フェリス!」
「よだれが出ていますわ!」
「……ふぁっ!?」
フェリスは歩きながらうつらうつらとし、転びそうになって両側からアリシアとジャネットに支えられた。
慌てて意識を呼び覚まし、頭をぶんぶんと振る。
「寝ちゃダメです!」
自分に言い聞かせるや、精神を集中させて魔力の流れを追った。
三人はやがて木々のあいだを抜け、こぢんまりとした街へとやって来る。
魔法学校のあるトレイユの街に比べると規模が小さいが、城壁はあり、石造りの建物が規則正しく並んでいて、それなりに栄えている街のようだった。
「こんな街中に地脈喰いがいますの!? とんでもない被害が出ますわよ!!」
「地脈喰いと決まったわけじゃないわ。まだ騒ぎにはなっていないみたいだし、きっと間に合うわ」
青ざめるジャネットをなだめつつも、アリシアは表情を引き締める。
「ええっと……魔力の流れは……この先に続いてるんですけど……」
フェリスは民家の真ん前で躊躇した。
「よしっ! この家を突っ切りますわよ!」
「で、でも、人のおうちに入るなんて迷惑なんじゃ……」
「みんなを助けるためですわ! 地脈喰いが暴れ始めたら、迷惑なんてレベルじゃありませんのよ!?」
拳を握り締めるジャネット。もはや元凶は地脈喰いだと信じて疑っておらず、安定の暴走令嬢である。
「そ、そうですよねえ……」
フェリスはきょろきょろと辺りを見回した。
そして、民家の庭でのんびりしているおじさんを見つけるや、てててっと駆け寄って頭を下げる。緊張に身をこわばらせ、勇気を振り絞って声をかける。
「す、すみませんっ! あのあのっ、このおうちの中に入っても大丈夫ですかっ?」
「え……?」
ぽかんとするおじさん。それも当然。いきなり小さな女の子がやって来て、目に潤ませながらそんなお願いをしてきたら誰だってびっくりする。
「ど、泥棒さんとかじゃないんです! 中に入りたいだけなんです! すぐ出て行きますから……ダメですか?」
「えーと……いや、うん、別に構わないが……汚いところだけど……」
「ありがとうございますっ!」
フェリスはてててっとおじさんから離れると、アリシアやジャネットと共に家の中に足を踏み入れた。魔力の流れをたどって真っ直ぐ廊下を突き進み、壁にぶつかる。
「あたっ!?」
おでこと鼻先が壁に激突してしまい、フェリスはよろけた。
「フェリス!? 大丈夫ですの!?」
「う~、痛いです~……」
赤くなったおでこを涙目でさするフェリス。アリシアがよしよしとフェリスの頭を撫でて慰める。その様子をジャネットが羨ましげに眺める。
フェリスは廊下の突き当たりの壁を指差した。
「この先に……魔力が流れていってるんですけど……壁が……」
「仕方ありませんわね! ここは壁を崩しましょう!」
ジャネットが杖を振り上げた。
「だだだだだめですようっ! いくらなんでもそこまではーっ!」
「背に腹は代えられませんわ……街を救うためなら街を壊すくらいはしょうがありませんわ……!」
「しょうがなくないですようっ! あ、ほらほらっ、そこに窓がありますしっ! そこからならなんとか抜けられそうですしっ!」
フェリスが指差した先には、猫か犬の出入り用の小窓があった。
「これ……通れるかしら……」
「はい! だいじょぶです!」
「フェリスは大丈夫かもしれませんけれど……」
ジャネットとアリシアは十二歳。猫と同じ穴をくぐり抜けるのは、さすがにサイズが厳しい。
「む、むりでしょうか……? すみません……」
申し訳なさそうに謝られると、ジャネットは女の子としてのプライドが危険に晒されるのを感じた。
「い、いいえ! 無理じゃありませんわ! わたくしは太くなんてありませんもの! このくらいの穴を抜けるぐらい、ちょちょいのちょいですわーっ!」
「無理はしなくていいですようっ! 二人は外から回り道してくれれば、それで……!」
「私は大丈夫よ。ええ、大丈夫」
アリシアも断固として主張する。
結局、三人は穴をくぐり抜けてその家から出た。アリシアとジャネットはだいぶきつそうだったが、そこには譲れないなにかがあるようだった。
そして、三人が服のホコリを払いながら立ち上がったとき。
「がるるるるるるる……」
庭で飼われているらしき犬が、唸りながら押し迫ってきた。
「ふえ……?」
いつもより真っ白になるフェリス。
「ガウガウガウガウガウッ!」
「ひゃああああああああっ!?」
獲物だとでも思ったのか、犬は物凄い勢いでフェリスに襲いかかってくる。
「……逃げるわよ!」
「わたくしのフェリスに手は出させませんわーっ!」
フェリスを抱きかかえるようにして走り出すアリシア、杖でしんがりを守るジャネット。
少女たちはほうほうのていで民家の敷地から逃げ出した。
何百メートルも街中を走り、犬の吠える声が聞こえなくなったところで立ち止まる。
「ぜえ……ぜえ……も、もう、追いかけてきていないみたいですわね……」
「ううう……怖かったですよう……」
フェリスはびくびくと震えながらアリシアにしがみつく。
アリシアは深々と息を吐いた。
「魔力の流れをたどるの、最初からやり直しね」
「あっ、それはだいじょぶです! こっちに流れてきてるみたいですから!」
フェリスは波打つ胸を押さえて、再び魔力の追跡を始める。
その魔力の流れは、賑やかな市場の中を通っていた。
幅広の石畳の両脇に、野菜や魚や肉を売る露店が連なっている。
売り子の呼び声や、客たちの値切る声、雑然とした物音が重なり合っていて、活気に満ち溢れている。
フェリスが市場の中を歩いていると、しょっちゅう左右の露店から声がかけられた。
「嬢ちゃん! そこの小っちゃな嬢ちゃん! この魚、要らないから持っていきな!」「パンを焼きすぎちまったんだ! よかったら食べな!」「饅頭食うかい、饅頭! たんと食べて大っきくならないとね!」
などなど、あっという間にフェリスの腕の中は食べ物でいっぱいになってしまい、市場を通り抜ける頃には重くてよろけている始末である。
「すごい人気ですわね、フェリス! さすがフェリスですわ!」
「ううう……わたしって、そんなにおなかすいてるように見えるんでしょうか……」
「見えるわね。なにか食べさせないと倒れそうな気がするわ」
「嬉しいですけど、今が倒れそうなんですけど……」
フェリスは複雑な気持ちだった。
魔力の流れは市場から繁華街へと続き、そして酒場の中に入っていっていた。
酒場の真ん中につり下げられている樽のオブジェ、そこへと吸い込まれていっている。夕暮れも近く、酒場にはたくさんの飲み客がいた。中からは濃厚なアルコールの匂いが漂っており、少女たちには少々刺激が強い。
フェリスは酒場の外から樽を指差した。
「あ、あれです! あの樽の中に魔力が吸い込まれてます!」
「うっすらと魔法陣も浮かび上がっているし……あの樽、カースドアイテムみたいね……」
「またカースドアイテムですの!? 地脈喰いじゃありませんの!?」
「地脈喰いにこだわりすぎよ、ジャネット。地脈食いは蚊にそっくりの魔導生物だし、明らかに違うわ」
「ぐぬぬぬぬ……」
ジャネットは悔しそうだ。
「すごく嫌な瘴気が溢れてますし、あのカースドアイテムの呪いを解けば、いちごが飛んだり作物が採れなかったりするのが直るはずです……ひっく!」
「ひっく……?」
「フェリス……?」
しゃっくりを漏らしたフェリスを、ジャネットとアリシアはまじまじと眺める。
フェリスはほっぺたを赤く染め、ぼんやりした目をしていた。
「ふぁ……なんだか、体がふわーってします……雲の上をふわふわ浮かんでるみたいでしゅ……ひっく!」
「まさか……フェリス……お酒の匂いだけで酔ってしまったの? この距離で?」
「えへへえ、酔っぱらってにゃんかいにゃいですよう……」
「完全に酔っぱらってますわ! そしてそんなフェリスも可愛いですわああああああっ!」
ジャネットはフェリスならなんでも良かった。
「じゃーあ、このお店の中に入って、呪いを解きましょお……ひっく!」
フェリスはふらふらと酒場に入ろうとする。
だが。
「子供は入場禁止だ。もっと大っきくなってから来なさい」
三人の前に大きな店員が立ちはだかる。
「あのあの、この中に、危ないモノがあるんですけど……」
「とにかく子供はダメだ。ダメなものはダメだ!」
店員は頑として動かない。体は大きいし顔つきは怖いしで、少女たちは気後れして引き下がる。
「人がいないときに来ないと、仕方ありませんわね……」
「ふぁい……わたし、ねむねむです……」
「ここで眠っちゃダメよ、フェリス」
なんて言っているあいだにフェリスがジャネットに寄りかかって眠り込んでしまい、ジャネットは気絶しそうになった。




