絵本の呪い
いよいよ明日(3月25日)、『十歳の最強魔導師』がヒーロー文庫様から発売されます! 大幅な改稿を加え、可愛すぎるイラストを描いていただいておりますので、何卒よろしくお願いいたします!
(http://herobunko.com/books/hero45/6382/)
「ふんっ! ボクを倒したって意味ないもんね! お前たちは一生ここから出られないし、他の奴らも出してやらないもんね! バーカバーカ!」
クマは巨大な雪玉の下で憎まれ口を叩いた。
アリシアはため息を吐く。
「……困ったわね。まったく懲りていないみたい」
「クマを消滅させたらいいんじゃありませんの?」
「ううん。もしクマだけが外の世界への鍵になっていたりしたら、私たち本当に閉じ込められたまま出られないかもしれないわ」
「そ、それは……ぞっとしませんわ……」
ジャネットは両腕を抱えて身震いした。
「カースドアイテムは専門のプリーストのところに持ち込んで、長い時間をかけて分析してもらって浄化するのが基本よね。でも、外に出ないとプリーストにも会えないし……」
「あ、あの、あれ……なんでしょう……?」
フェリスは、クマのお尻でピコピコ揺れている尻尾を指差した。
普通のクマの丸っこい尻尾ではなく、にょろっとしていて、黒くて、長い。先っぽがミミズのように蠢いている。
「尻尾……よね?」
「は、はい、そうなんですけど。なんか、すごく嫌な感じがするんですけど……」
「フェリスはミミズが苦手でしたものね」
「も、もうほとんど平気ですよう! そうじゃなくて、変な空気を感じませんか……? なんだか、あの尻尾の周りから、黒い波みたいなのが広がっているような……」
フェリスは尻尾を眺めているだけで気分が悪くなってくる。
「私は……特になにも感じないわね」
「わたくしも……」
アリシアとジャネットは顔を見合わせた。
「とにかく、あれが良くない気がするんです。あれを取ったら、なにかが変わるような気が……」
「びくびくう!!」
クマが巨体を震わせた。
「びくびく……?」
怪訝そうに眉を寄せるジャネット。
「な、なんでもないもんね! びくびくなんてしてないもんね!」
「もしかして……フェリスに図星を突かれたのかしら?」
「ずずずずず図星じゃないもんね! ボクは世界の一番星だもんね! だいたいその尻尾に生き物が触ったら、一瞬で死んじゃうんだもんね! 魔石と同じくらい、とんでもない魔力がこもってるんだもんね! 触るなよ? 触るなよ? 触ったら死んじゃうからな!!」
必死に言い張るクマのお尻に、フェリスはとことこと歩み寄った。
「えい」
まるでお花を摘むような気軽さで、尻尾を握り締める。
きょとんとして、首を傾げる。
「うーん……なんともないです」
「ちょ!? なんで!? なんでなんでなんで!? 嘘じゃないんだぞ!! ホントに死ぬんだぞ!? ボクだって自分で触ったら一ヶ月くらいブッ倒れてたんだから!」
「本当に大丈夫なんですの、フェリス!?」
クマもジャネットも混乱する。
アリシアが微笑む。
「魔法は効かないわ。だって、フェリスの魔法耐性は無限だもの」
「はい!? 初耳ですわよ!?」
目を丸くするジャネット。
「あんまり言いふらしたらよくないから、黙っていたのよ。でも、ジャネットは私とフェリスのお友達だから、話してもいいかなって。あなたのことは信用しているもの」
ジャネットは顔を赤く染めた。ほっぺたを掻きながら、照れ照れと言う。
「ま、まあ? 信用してくれて、いいですけれど? わたくし、口は硬い方ですし! 話す相手なんて他にいませんしっ!」
だいぶ可哀想な理由だった。
「この尻尾、引っこ抜いちゃいますね!」
フェリスは天使の笑顔で言い放つ。
「やっ、やめろお! ボクの尻尾だぞお!」
「えい! えいえい!」
一生懸命力を振り絞って引っ張るが、尻尾は抜けない。
「私も手伝うわ」
フェリスを引っ張るアリシア。まだまま尻尾は抜けない。
「フェリスをぎゅーするなんてずるいですわ! わたくしも手伝いますわ!」
アリシアを引っ張るジャネット。
三人の少女たちは、力を合わせて尻尾を抜こうとする。
クマは死に物狂いで暴れる。
「あいたた! あいたたたたた! 抜ける! 抜ける抜ける抜ける! ダメだって! ホントに抜けちゃうからああああああ!」
すぽんっ!
景気のいい音と共に尻尾が引っこ抜け、フェリスたちは折り重なるようにして尻餅を突いた。
「ふぁー、抜けましたあ……」
アリシアの体の上で吐息をつくフェリス。
「ちょっと! 重いですわ! 早くどいてくださいまし!」
「あら、私は重くないはずよ。ちゃんとおやつは抑えているもの」
「どうでもいいですからどいてくださいましっ!」
アリシアに乗っかられて悲鳴を漏らすジャネット。
三人の女の子は土埃を払いながら立ち上がる。
すると。
雪玉に押し潰されていたはずの巨大なクマは、どこにも姿が見えなくなっていた。
その代わり、そこにいたのは……女の子でも無理なく抱えられるサイズの、可愛らしいクマのヌイグルミで。
前肢で頬をぬぐいながら、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
「ごめんよ……ごめんよぉ……ボク、ボク、寂しかったんだ。レティシアが全然帰って来ないから、寂しくて。捨てられたのが、つらくて。だからいっぱい人を集めて、楽しくなりたかったんだよ……」
「これは……」
ジャネットが目を見張った。
「呪い……解けたみたいね」
アリシアはクマのぬいぐるみの上に屈み込んだ。
その頭に手の平を載せて、優しく語りかける。
「ごめんなさいね、クマさん。レティシアさんは、あなたを捨てたんじゃないと思うわ。ただ……、あなたのところに帰ってこられなくなっただけなのよ」
アリシアは思い出す。
小さな頃、母親が急にいなくなってしまったときのことを。あのときは、わけが分からなかった。自分が母親に嫌われたのだと思ってしまった。
だから、母親は自分を置いて天国に行ってしまったのだと。
けれど、それは違う。レティシアは娘のことを全力で愛する母親だった。決して、娘や、自分の大好きな絵本を捨てたりするような、冷たい人間ではなかった。
「え……なにを言っているの、レティシア? なんか、他人事みたいに……」
クマのヌイグルミは当惑する。
「私は……レティシアじゃないの。レティシアの娘、アリシアなの」
「こ、ども……? あの小っちゃなレティシアに、こども……あれ……? レティシアは、小っちゃくなんてない……大人になってからも、ボクを読みに来ていた……どうしてボクは、そんなことを忘れてたの……?」
「きっと、呪いの影響ね。……レティシアは、私のお母様は、ずいぶん前に亡くなってしまったの。それで、あなたに会いに来られなくなって……本当に、ごめんなさい」
アリシアが顔を伏せると、クマは頭を振る。
「お前が謝ることないよ! ボクが……ボクがおかしくなっちゃったのが悪いんだ! 寂しくてしょうがなかったから、つい、あいつの言いなりになっちゃって!」
「あいつ……?」
フェリスが目を瞬いた。
「……うん。なんか、真っ黒な影に包まれた女の人が言ったんだ。ボクが独りぼっちにならないよう、力を貸してあげるって。気がついたら、ボク、カースドアイテムになっちゃってた……」
「誰なのですかしら、その人……」
ジャネットがつぶやいた。
「わかんない。でも、すっごく怖い人だったよ。とてつもない魔力を持ってた。あの人にだけは、近づいちゃいけない。ボクは……近づかれちゃったけど」
クマはうなだれる。
「本当に、悪いことをしたって思ってるよ。でも、これで全部終わり。カースドアイテムじゃなくなったボクは、力もなくす。みんなを捕まえておくこともできない。また、元の独りぼっちだ……」
ボタンの瞳から、涙が溢れ出す。
「独りぼっちじゃないわ」
「え……?」
アリシアの言葉に、クマはぽかんとした。
「私が責任を持って、あなたをもらうから。言ってみれば、あなたはお母様の形見なんだもの。ちゃんと私が学校に持って帰るから、あなたは独りぼっちになんてならないのよ」
「アリシア!? カースドアイテムだった絵本を、自分の部屋に置いておくんですの!?」
「平気よ。普通だったら怖いけど……私にはフェリスがついていてくれるもの。ね?」
「は、はいっ! 絵本のクマさんが悪いことをしようとしたら、わたしが全力で止めますっ!」
フェリスはゲンコツをこしらえて意気込んだ。
「あ、あはは……優しい、な……夢みたいだ……こんなボクを、もらってくれるだなんて……」
「夢じゃないわ。みんなで一緒に、帰りましょう?」
アリシアはクマのヌイグルミをそっと抱き締めた。
「ありがとう……。ボク、帰る……レティシアの残してくれた、大切な女の子と……一緒に……」
クマは微笑む。
その笑顔は、絵本の表紙に描かれていた愛らしい笑顔と、ほとんど同じで。
違うというところといえば、頬がいっぱいの涙で濡れていることぐらいで。
「わあ……なんか、きらきらしてます……!」
フェリスは周囲を見回して感嘆の声を漏らした。
城が、壁が、地面が、七色に輝くかけらとなって散っていく。
人々を拘束していた鎖と鉄球が消え、水晶の人形になっていた人たちも元の姿に戻る。フェリスのそばに駆け寄ってくる。
「ありがとな、魔術師の嬢ちゃん!」「やっと家に帰れるよ!」「息子が土産を楽しみに待ってるんだ!」「あー、今までなにしてたのかって嫁が怒るだろうなあー! 言い訳が大変だぜ、わはは!」「じゃーな!」「ほんとに助かったよ! 嬢ちゃんは命の恩人だ!」
囚われていた人々は、歓声を上げて城の外に駆け出し、そのまま絵本の世界から去っていく。
やがて、フェリスやアリシアやジャネットも七色の光に包まれ。
「……またね。レティシアの娘。タダの絵本になったボクのことも、よろしくね」
クマのヌイグルミは、穏やかな笑顔をたたえて、前肢を振った。
気がつくと、フェリスとアリシアとジャネットは屋根裏部屋に倒れていた。
目の前には、可愛らしいクマの描かれた絵本が転がっている。
「戻って……きましたわね」
「ええ。良かったわ。みんなを助けられて。そして……お母様の大事な形見も手に入れられて」
アリシアは絵本を腕の中に抱き締めると、屋根裏部屋から下りる階段に足をかける。
「部屋に帰りましょう。いつまでもここに長居したくないですわ」
ジャネットもそそくさと立ち去ろうとする。
「そうね。おなかも空いたし、おやつの時間にしましょう」
「わーい! おやつですーっ!」
フェリスは大喜びでアリシアたちを追いかけようとして。
「!?」
背後に、不思議な気配を感じた。
「どうしましたの、フェリス?」
階段の下から、ジャネットとアリシアが見上げている。
「い、いえっ! ちょっと、用事があるので、先に行っておいてくださいっ!」
フェリスは言い残し、再び屋根裏部屋の奥に戻った。
窓の近く、本棚に挟まれたところに、なにかがいる。
ひょっとして、さっきクマが言っていた邪悪な存在なのかと思い、目を凝らすと。
徐々に、なにかの姿がくっきりと見えてきた。
それは、とても優しそうな顔立ちの、綺麗な女の人で。
瘴気のかけらもなく、邪悪な存在とは正反対の神々しいオーラを放っている。
「あら……私のことが見えるのね」
その女の人は、驚いたように言った。
「は、はい……どこかで、お会いしましたか……? 誰かに、似ているような気がするんですけど……」
既視感のある容姿に、フェリスは小首を傾げる。
女の人は静かに微笑む。
「ふふっ、そうね。似ているわね」
「はい、似てます!」
「ありがとう、フェリスちゃん。アリシアのこと、助けてくれて。絵本のことも、救ってくれて。あなたは私の大切な存在を、今日は二つも守ってくれたわ」
「ふえ……? アリシアさんの、お知り合いですか?」
「ええ。アリシアのことは、誰よりもよく知っているわ」
「そうなんですね……?」
フェリスにはわけが分からない。雰囲気からしてアリシアの親戚のような気もするが、さっきまで誰にも見えていなかった理由が不明だ。
女の人は、フェリスに顔を寄せてささやく。
「これからも……アリシアのことをお願い。あの子は大人びているけど……本当は子供だから。あなたの力が、その素敵な心が、あの子には必要だから」
「はい! わたしになにができるか分かりませんけど、ずっとアリシアさんのそばにいます!」
「ありがとう。あなたたちのことを、いつでも見守っているわ」
そう告げると、女の人はすうっと姿を消した。
「ふえ!? あれ!? どこ行ったんですかーっ!? 知らない人さんー!?」
フェリスはびっくりして辺りを見回す。
階段の下から、アリシアがさっきの女性そっくりの顔を覗かせた。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「知らない人が! アリシアさんをよろしくってわたしに任せて! すーって消えちゃったんです! どこにもいなかったんです! とっても綺麗な人だったんです!」
「え……? 誰かしら……?」
「ううううーっ! アリシアさんにも会ってほしかったですーっ!」
フェリスは涙目で屋根裏部屋に視線を走らせる。
でも、あの女の人に言われて、改めて。
自分はアリシアのそばにいつまでもいるのだと、その想いを新たにしたフェリスだった。




