グーデンベルトとラインツリッヒ
魔法学校の食堂は、しゃれたカフェテリア風の空間だった。
生徒たちはカウンターで料理を注文し、トレイで自分のテーブル席へと運んで行く。メニューはパンケーキやクレープなど、なかなかに華やかだ。
フェリスと二人でランチを楽しめるとドキドキしながら料理を取ったジャネットは、しかし、テーブルに来てトレイに落としそうになった。
「な、な、なんで、こんなところにアリシア・グーデンベルトがいるんですの!?」
「だって、ここの生徒だもの……」
「いつも一緒にごはん食べてますし……」
きょとんとするアリシアとフェリス。
「そんな……! わたくしとの二人っきりランチはどうなったんですの!? それから馬車でドライブして、夢の彼方まで走り続けるはずでしたのに!」
「そんなこと一言も聞いてませんよう!」
「言いましたわ、心の中で!」
「心の中で!?」
ジャネットの必死の主張にも、フェリスは戸惑うばかり。アリシアとジャネットの顔を見比べ、あわあわとうろたえている。
(グーデンベルトの人間は、どれだけラインツリッヒの足を引っ張れば気が済むんですの……!?)
ジャネットはトレイが砕けそうになるほど握り締め、にっごりと笑った。
「グーデンベルトさん? ちょっとお願いがあるんですけれど、ここは立ち去っていただけませんかしら……」
「えっと……私、まだ食事を始めてもいないんだけど……」
「じゃあ、こちらが立ち去らせていただきますわ……わたくしとフェリスが」
「ちょっと、フェリスをどこに連れて行くのよ!?」
「早く! 離しなさい! このままでは大変なことになりますわ!」
「どうなるのよ! フェリスを誘拐はさせないわ!」
左右からフェリスの腕を引っ張る、二人の美少女。
両手に花ではあるが、あまりにも攻撃的な花である。
「ち、ちぎれちゃいますうううううう!」
フェリスが悲鳴を上げ、二人はパッと手を離した。
ジャネットは真っ青な顔で口を押さえる。
「ご、ごめんなさい……わたくし、そういうつもりじゃ……心を洗って出直しますわああああああっ!」
「ジャネットさああああんっ!? お盆は食堂から持ち出しちゃダメですよおおおおおっ!?」
スカートを翻してダダーッと逃げ去っていくジャネット。
フェリスは反射的にジャネットの腕に飛びつき、足を踏ん張って止める。
「フェ、フェリス……だ、大胆すぎますわ……!」
頬を染めるジャネットに、フェリスは懸命に訴える。
「あのあのっ、ケンカは良くないと思います! どうしてジャネットさんとアリシアさんは、そんなに仲が悪いんですか!」
「ラインツリッヒ家とグーデンベルト家は、古くから要職を競い合ってきた一族だからですわ!」
「で、でも、それっておうちの事情ですよね? ジャネットさんとアリシアさんが仲違いしなくても……」
「わたくしの方も、何度も煮え湯を飲まされていますのよ! 入学したときからずっと、二人でトップの成績を争っているんですもの!」
「え、そうなんですか!?」
「だけど、どんな試験でも二番! いくら必死に勉強しても毎回二番! グーデンベルトさんのせいで、わたくしは万年二位なんですわああああっ!」
ジャネットは壁をポカスカ殴る。
「じゃあじゃあっ、やっぱりジャネットさんとアリシアさんは仲良くなれますね!」
「は、はあ……? なにをおっしゃってますの……? 今の話、聞いて……」
「だって、それだけお互いをずっと見てきた仲じゃないですか! きっと仲のいいライバルになれますよ! 切磋琢磨しあえますよ!」
フェリスは両手を合わせ、にこーっと笑う。
その天使の笑顔に思わず浄化されてしまいそうになるジャネットだが、ぐっと踏みこたえ。
「あ、あり得ませんわ!」
「あり得ますってば! わたし、大好きな二人にケンカして欲しくないですし!」
「だ、大好き……大好き……大好き……ま、まあ、フェリスがそう望むのなら、ケンカはしないよう気を付けますけど……」
ぷしゅうううと熱い頬から蒸気の噴き出しそうなジャネット。
フェリスはアリシアの方を見やる。
「今度の遠征トレーニング、三人でチームを組みませんか? そしたら、絶対に仲良くなれるはずです!」
「そうね……私としては、別に異論はないのだけど……」
アリシアはちらっとジャネットに視線をやる。
ジャネットは大きく首を振った。
「グ、グーデンベルトさんと協力するなんて! 無理ですわ!」
フェリスは、はにかみながら付け加える。
「それに、ジャネットさんとお外でお泊まりとか、とっても楽しそうですし」
「全力でご一緒させていただきますわ!」
ジャネットは即答した。




