最愛
そこへ、王都の遙か遠くから、二つの影が飛来した。
「ついに微睡みから目覚めてしもうたか」
「間に合って良かったわ!」
「微妙に間に合っとらんぞ。酷いことになっておる」
「扉が開くまでは察知できなかったんだから、仕方ないわ!」
戦場の上空に浮かぶのは、黒雨の魔女レインと天使ライラ。地脈の異変を調べるため、ロゼッタ姫たちより先にプロクス王国に入っていた二人である。
黒雨の魔女がフェリスに近づいていくと、召喚獣エウリュアレが目を細めた。
「ようこそ、人類の第二の敵よ。女王様の覚醒のお祝いに来たのかしらぁ?」
「残念ながら、祝いではない。女王を寝かしに来たのじゃ……幼子は幼子のまま、な」
「余計なことをしないでくれる? 私たちがこの日をどれだけ待ちわびたか、あなたなら知っているでしょう」
「知っている」
「だったら、なぜ邪魔をするの。あなたにとっても人類は滅ぼしたい存在でしょうに」
黒雨の魔女は乾いた笑いを漏らす。
「人類なんぞは、生きようが滅びようがどうでもよい。しかしわらわは、女王に……いや、フェリスに借りがある。正気を取り戻したフェリスが悲しむような事態は、防がねばならぬ」
「これが女王様の正気よ」
「だがフェリスの正気ではない」
「過去の亡霊は引っ込んでいなさい」
「おや、おかしいのう。わらわよりそなたの方が、ずいぶん年増だと思うておったが」
魔女が嘲ると、エウリュアレは歯ぎしりする。
太古の召喚獣とさえ対等に語る魔女の胆力に、地上のロゼッタ姫は感服する。バステナ王都を占領されたときは敵だったが、味方になればこれほど頼もしい相手もいない。
黒雨の魔女がフェリスの正面に浮遊して呼びかける。
「真実の女王よ。あまり暴れるな。わらわが言うのもなんだが……後悔するぞ」
フェリスは答えようとしない。その瞳に黒雨の魔女は映っていない。フェリスが軽く手を振ると、天使の軍勢が弓を引き絞り、下界の人間たちを狙い澄ます。
「話は通じぬか。ならば強引に眠らせるまで」
黒雨の魔女の白い肌から瘴気が滲み出し、手の平に集まっていく。強大な闇の渦を手に抱え、黒雨の魔女はフェリスに瘴気を浴びせようとする。
すると、フェリスが魔女を真っ直ぐ指差した。途端、天使ライラが黒雨の魔女に襲いかかってくる。ライラの突き出す大槍を、レインが瘴気の壁で防ぐ。
「なんのつもりじゃ、ライラ!」
「ご、ごめんなさい! 体が言うことを聞かないの!」
「そうか、天使の印を刻まれているから……くそっ……」
「避けて――――!!」
大槍が唸り、切っ先がレインの髪を裂く。空に踊る、天使の白羽、魔女の黒髪。技術は皆無に等しいとはいえ、天使の破壊力は桁外れだ。
しかもレインはライラを傷つけることができない。操られたライラは全力の攻撃を繰り出してくるのに、レインはどうしても躊躇ってしまう。突っ込んで来た天使ライラと黒雨の魔女レインはもつれ合い、抱き締め合うようにして、街の瓦礫に墜落する。もうもうと粉塵が舞い上がる。
人ならざるモノの戦いを眼前に、ジャネットはおののいていた。怖い。怖くて仕方ない。この場から逃げ出してしまいたい。
――だけど。
フェリスを、放っておくわけにはいかない。ジャネットが探求者たちにさらわれたときも、フェリスはあの小さな体で恐怖と闘って、命懸けで助けに来てくれたのだ。
ジャネットが家族と仲良くできるようにしてくれたのも、アリシアやロゼッタ姫と友達になるきっかけをくれたのも、フェリスだった。フェリスに出逢ってから、ジャネットの毎日は光に満ちていた。幸せのすべてを、フェリスが与えてくれた。
ジャネットはきゅっと杖を握り締める。
「……わたくし、行って参りますわ。アリシアのこと、お願いいたします」
「え!?」
目を丸くするロゼッタ姫の横で、風魔術の言霊を唱える。
「巡る力よ、清らかなる慈愛の翼よ、我が魂を胸に抱き、鳥たちの楽園へと誘え――ルーセントウイング」
ジャネットの足下に、光り輝く翼が現れた。大風が沸き起こり、一瞬にしてジャネットの体をフェリスの高さまで吹き上げる。気合いを入れすぎたせいで速度が調節できず、ジャネットは自分の魔術で目を回してしまう。
接近を阻もうと、飛びかかってくる天使たち。美しい剣がぎらついている。ジャネットは無我夢中で天使のあいだをかいくぐり、フェリスとの距離を詰める。手を振って地上への攻撃を命じようとしているフェリスに飛びつく。
「もうやめてくださいまし! あなたには、きゃあああっ!?」
フェリスの体から溢れる膨大な魔力に、ジャネットの身が焼かれる。壮絶な痛みに、意識が持って行かれそうになる。
エウリュアレが眉をひそめた。
「おどきなさい。女王様は人間ごときが触れていいお方じゃないわ。存在の核ごと消し飛ぶわよ」
「イヤですわ! 離れませんわ! なんとしても連れて帰りますわ! わたくしたちの魔法学校に!」
ジャネットはフェリスを抱き締める。
黄金に輝くフェリスの瞳は、ジャネットを認識すらしていない。けれどこのやわらかい感触、この甘い匂い、この愛らしい顔立ちは、紛れもなくジャネットが慕う少女のもの。必ずや戻ってきてくれると信じ、ジャネットは叫ぶ。
「フェリスには乱暴なことは似合いませんわ! あなたはとっても優しくて、誰よりも可愛い人! 誰かが悲しむことは大嫌いで、いつだってみんなを笑顔にしてくれる! あなたに罪は犯させませんわ! 街を焼き尽くすというなら、まずわたくしを焼き尽くしてからになさいまし!」
真実の女王の光輝に、ジャネットの体が浸食されていく。服が燃え上がり、髪が粒子となり、肉体が崩壊していく。激痛と絶望に涙がぼろぼろとこぼれる。
最期に、伝えなければ。自分が消えてしまう前に。フェリスが変わってしまう前に。その想いで、ジャネットは言葉を絞り出す。
「あなたには、幸せになってほしい……フェリスのことが、大好きなんですの!」
「………………ふえ?」
フェリスが目をぱちくりとさせた。
瞳から黄金の輝きが失せ、溢れ出していた魔力が止まる。大空の魔法陣がすべて消滅する。ジャネットの肉体も光の侵食から解放され、実体を取り戻す。
「どうしてこのタイミングで……我に返るんですの……」
力尽きたジャネットが地上へ落ちていく。
「ジャネットさ――――――ん!?」
フェリスは慌てて追いかけた。
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