生える術師
術師が首の骨を鳴らしながら、節くれ立った杖を掲げた。杖の先端に瘴気が渦巻き、漆黒の魔法陣を編んでいく。術師はしわがれた声でささやいた。
「部屋に戻れ……お前たちは永劫に、我が宮殿から逃れることはならぬ……」
ジャネットが風魔術で攻撃するが、術師には当たらない。
術師が床に吸い込まれて消え、今度は四人の術師が少女たちを囲んで床から現れる。いずれも同じ体格、同じ顔立ち、同じ声音で、告げる。
「『真実の巫女』様のご託宣である。謹んで従え」
「巫女……? あなたたちの上には、巫女がいるの……?」
アリシアが訊いた。探求者たちの教団については謎が多い。狂信的な信者と、それを率いる術師たちによって構成されている、というのが一般的な認識だったが。
術師は答えず、四人同時に言霊を唱えて杖から闇の焔を放つ。フェリスが手を突き出して魔法結界で防ぎ、包囲から抜け出す。
全速力で逃げる少女たちを、術師が追った。床下に潜り込み、絨毯を波打たせながら迫ってくる。得体の知れない化け物に狙われているような感覚に、少女たちは悲鳴を上げる。
フェリスの横に突如出現する術師。赤黒く汚れた爪で、フェリスの髪を鷲掴みにする。
「貴様を……巫女様への土産に……」
「わたしはおみやげじゃないですよー! 魔法学校の生徒ですー!」
すくみ上がるフェリス。
術師はちぎりとった数本の髪の毛を鼻の下に寄せ、深呼吸する。
「すうぅぅぅ……はあぁぁぁ……素晴らしく濃厚な魔力だ……。さすがは『イサカイ』を何度も返り討ちにしただけはある。どれ……」
術師が髪の毛を口に含み、くちゃくちゃと味わう。
「おぉ……おぉ……なんたる美味……全身から力が溢れてくるぞ……」
「フェリスの髪をテイスティングしています!」
「ふええええええ……」
少女たちは恐怖におののいた。普段さほど感情を表に出さないアリシアでさえ青ざめていた。一方、ジャネットは激怒に顔を真っ赤にする。
「その髪の毛はわたくしのですわー!」
「ジャネットのじゃないわよ!?」
「フェリスの髪を手に入れただけでも羨ま……いえっ、許されざることですのに、あろうことか舐め回すなんて! どんな味がするんですの!?」
「味を聞いてどうするの!?」
アリシアは旧くからの自称ライバルのことが初めて怖くなった。就寝時にはフェリスの髪を刈られないよう、トラップ型の魔法陣でも用意しておくべきかもしれない。
ジャネットが純白の杖を握り締め、術師に向かって構える。
「ざわめく風よ、麗しき虚空の執行者よ、我が敵を討て――ウィンドシャウト!」
高速で展開された魔法陣から、嵐が沸き起こった。ジャネットの長く美しい髪が踊り、スカートの裾がはためく。稲光が弾け、壁に床に天井に亀裂を刻む。暴風が四体の術師を巻き込み、骨をへし折りながら窓の外に吹き飛ばす。
「フェリスの髪を取られたジャネットが本気に!?」
「こんなに強いジャネットは見たことがないわ……」
魔術は操る者の想念に応じて破壊力を変えると言われるが、よほど此度のジャネットの怒りは激しかったのだろう。そのくらい、フェリスの髪はジャネットにとってかけがえのないものだったのだ。
「え、ええと……今のうちに王宮の外に避難しましょうか」
さすがの姫殿下も困惑気味だ。ジャネットの気持ちは分からないでもないけれど、乙女にはもう少し恥じらいを持ってほしいとロゼッタ姫は思う。
エントランスを目指し、少女たちは螺旋回廊を駆け下りる。幾度も段を踏み外しそうになり、互いに手を掴んで支え合う。下りても下りても終わらない。無限に続くかとも思える階段に、悪夢の中を彷徨っているような気さえしてくる。
ようやく螺旋回廊が尽き、少女たちが廊下を走っていると、床から術師がせり上がってきた。進路を塞ぐその風貌は、先程の術師とまったく変わらない。
「どんどん生えてきますー!」
「何人いようと刈り取るだけですわー!」
少女たちは急停止して魔術を放とうとするが、それより先に天井が変形する。大きな氷柱のようなものが垂れ下がって召使いや役人の姿になり、ボトボトと落ちてくる。
「人が降ってきましたー!」
「人って降ってくるものだったかしら……」
アリシアは理解が追いつかない。いや、理解しようとするのが間違いなのかもしれない。そうしているあいだにも召使いたちはアリシアたちの方へと押し寄せてくる。彼らの眼に意思の光はなく、貴賓室にいたメイドのように凍りついた笑みを浮かべている。
彼らを操っているであろう術師を倒そうにも、召使いたちが肉の壁になっていて攻撃ができない。兵士が相手ならまだしも、罪のない民間人を傷つけるわけにはいかない。
「ど、どうしましょー!?」
「し、死んだフリをしたら、見逃してくれるかもしれませんわ!」
「おやすみなさーい!」
フェリスは床に倒れて許してもらおうとする。が、そんなことで術師が誤魔化されるはずもなく、召使いたちはさらに包囲の輪を狭めてくる。
「起きてください。相手はクマではないのですから」
「あうううう……」
ロゼッタ姫に引っ張り起こされるフェリス。天井や壁や床から次々と人間が湧き出し、折り重なって虫の大群のように迫ってきていて、もはや地獄絵図。怖すぎる現実を直視するよりは眠っていたい。
窓際に追い詰められ、アリシアは外を見やる。地上まではかなり距離があるが、このまま王宮の中にいたら術師に捕まってしまう。
少女たちは飛行魔術を使いながら、王宮から飛び降りた。




