密書
廃屋で一夜を過ごした少女たちは、警戒しながら外へ歩み出た。
ロゼッタ姫は懐に密書の包みを抱えてフードを目深に被り、その周りを少女たちが戦闘態勢で守っている。王宮にたどり着いてプロクス国王に謁見するまで、万が一にもロゼッタ姫と密書を奪われるわけにはいかない。
「うぅ……寒いです……」
「迷子にならないよう、手を繋いでおきましょうね」
身をすくめるフェリスの手を、アリシアが握る。
朝の王都ヴァイスカは、肌の切れるような冷気に満たされていた。昨夜に増して大勢の兵士たちが、武装して通りを行き交っている。
住民たちも不穏な空気に萎縮しているのか、表に出ている民間人は少ない。子供たちは室内に引きこもり、カーテンの向こうから怖々と外の様子を窺っていた。幼いフェリスたちが外を歩いていると、どうしても目立ってしまう。
フェリスたちは裏通りを使って王宮の方角を目指す。何度も兵士の部隊に進路をさえぎられ、回り道をする羽目になる。
やがて、王宮の正門が見えてきた。
「あと少しね」
「これで無事にバステナ王国に帰れますわ」
少女たちが安堵したとき、周囲の建物から黒い影が舞い降りた。軽やかにして、陰湿な気配を漂わせた着地音。盗賊のような姿の者たちが、ゆっくりと立ち上がる。曲刀の刃が鈍い輝きを放つ。
「影狼……どうしてこんなところに!?」
身構えるロゼッタ姫に、影狼の一人が嗤った。
「姫様の目的地は分かっていたのでね、ここでお待ち申し上げていたのですよ。我々の一人が音信不通になっているのですが、あれは誰が殺したんですか?」
「ふあっ!? え、えとえとっ……」
慌てるフェリスの前に、ロゼッタ姫が歩み出る。フェリスの力について、大人たちに知られるわけにはいかない。特に、影狼のような闇の住人には。
「わたくしが不意を突いて倒したのです。とある屋敷に魔導具で封印していますが、死んではいません。クーデターを鎮圧した後、然るべき処罰を受けてもらいます」
「ふうん……姫様にそんなことができるのですかね……。侍らせているのは魔術師に見えますが」
影狼が少女たちを眺め回す。ジャネットとアリシアは杖を構えてロゼッタ姫の周りを固めている。
「できるに決まっています。あなたたちはわたくしのことを甘く見ているのですから」
「ま、どうでもいいんですが。代わりはいくらでもいますしね」
影狼は酷薄に肩をすくめる。仲間に対する憐憫の情はない。
「姫様、帰りましょうか。遠路はるばるのお使い、誠にお疲れ様でした」
影狼がロゼッタ姫に手を伸ばしてくる。悪臭――血の臭いが、影狼の手袋から漂ってくる。
アリシアが口の中で小さく言霊を唱える。
「炎の滴よ、燃える力よ……我が意に従いて、敵を討て――バレットフレイム」
アリシアの杖から、炎が噴き出した。影狼たちに浴びせられる炎弾。影狼たちは即座に飛び退き、灼熱から逃れる。
解けた包囲の隙間を縫い、少女たちは逃げ出した。影狼たちが追ってくる。
「全員殺せ!」「姫様もか!?」「王族を殺して許されるなんてこと、滅多にないんだ! お前らも殺してみたいだろ!」「そりゃそうだ!」「俺は手を!」「私は足を!」「首だけはオレに残しておけよ!」
暴虐に飢えた野獣の咆哮が、路地裏に木霊する。
姿は見えず、足音もせず、どこからやって来ているのか分からないが、とにかく離れなければいけない。その一心で、少女たちは必死に駆ける。
表通りにはプロクス兵、裏通りには影狼の、八方塞がり。旅の疲労と空腹に力をすり減らした少女たちにとって、慣れない雪道の全力疾走は重すぎる。凍りついた路面に滑り、深い雪に足を取られ、肺が限界に追いやられていく。
無我夢中で走っているうちに、フェリスはいつの間にか友人たちとはぐれていた。
「あ、あれ……? アリシアさん……? ジャネットさん……? どこですか……?」
呼びかけても、返事はない。見たこともない建物、見たこともない道。フェリスは心細くて物陰に座り込んでしまいたくなる。辺りは妙に静まりかえっていて、その静寂が余計に不安を煽る。
離れたところから、ロゼッタ姫の悲鳴が聞こえた。
「ロゼッタさん!?」
震えが止まらないけれど、じっとしているわけにはいかない。影狼はロゼッタ姫も殺せと言っていたのだ。大切な友達を失うのは、自分が苦しい思いをするより怖い。
フェリスはこわばる足を懸命に動かして、声の方へと急いだ。




