手配書
少女たちは飲食店を見つけて入った。
床やテーブルや椅子は剥き出しの木材。雑然とした大衆向けの食堂だ。壁には殴り書きのメニュー表が釘で打ちつけられている。客は肉体労働者が多く、昼間からシードルのジョッキを傾けている者もいる。
「レストラン……じゃないわよね」
「こんなところで姫様にお食事をしていただくわけにはいきませんわ」
場違いな感覚にアリシアとジャネットはためらうが、ロゼッタ姫は声を弾ませる。
「いえ、こういうお店は大好きです。こっそり王都をお散歩しているときも、こぢんまりとした食堂にはよくお邪魔するのです。王宮では食べられないものが出てきますから」
「なるほど……」
アリシアは納得する。王宮の美食に飽きた姫殿下にとっては、庶民の食事こそがご馳走なのだ。アリシアも魔法学校に入学して一人で街を歩くようになったときは、外の食べ物が珍しくて仕方なかったから、気持ちは分かる。
「いらっしゃい。あんたたち、子供だけかい?」
食堂のおかみさんらしき女性が、フェリスたちに近づいてきた。見るからに人の良さそうな笑顔で、ちょっと女子寮の寮母さんに似ている。腕は丸太ん棒のように太くて、体も酒樽のように堂々としている。
アリシアが皆を代表して答える。
「私たちだけです。東のエルナ共和国から観光で来ました」
「遠いところからよく来たねえ。ほらほら、座って座って」
おかみさんはオープンキッチンに取って返すと、人数分のカップと大きなポットを持ってくる。手際よくテーブルにカップを並べ、ポットから液体を注ぐ。湯気と共に立ち上る濃厚な香気。琥珀色の液体が、じゅわじゅわと沸き立っている。テーブルでその匂いを嗅ぐだけで、フェリスはよだれが込み上げてくる。
「これ、なんですか?」
「百年タマネギの煮詰めスープさ。土の中でじっくり熟成したタマネギを発酵させて、さらにぐつぐつと煮込んだら完成だ。すごく体があったまるから、飲んでみな。店からのサービスだ」
おかみさんは笑った。
「いただきます」
フェリスたちは火傷しないよう指先でカップを支え、慎重に口をつける。熱いスープが舌の上に流れ込んでくると、タマネギの原液とでも呼ぶべき芳醇な味わいが広がった。濃いのに決してくどくはなく、生臭くもない。蜂蜜よりも強烈な野菜の甘味が、スパイスによって引き立てられて、喉の奥まで潤してくる。
「ふぁ……おいしいです……」
フェリスは小さな吐息をついた。一口すすっただけで体がぽかぽかで、元気がみなぎってくる。瘴気を吸い込んだときのようだとフェリスは感じた。
少女たちはメニューを見て次々に注文をする。
「わたくしは雪苺のパイをいただきますわ」
「揚げミートパイというのも美味しそうよ」
話し合うジャネットとアリシア。
「あ、あの……ぷりんありますか……?」
フェリスはおずおずと尋ねる。
「もう全部持ってきていただいたら早いのではないでしょうか?」
ロゼッタ姫が豪儀なことを言い出す。
四人とも、極秘任務の最中とは思えないはしゃぎようだ。ここまで過酷な環境の中を旅してきたし、明日で任務も終わると考えると、気合いが抜けてしまうのも当然である。
すぐにテーブルはプロクスの名物料理でいっぱいになり、少女たちは夢中になって食事を楽しんだ。
特に珍しいのは雪苺だ。凍ったまま成長する苺らしく、パイの中から冷気を放っている。さくりと歯を入れると口の中でほぐれ、爽やかな甘味と酸味が弾け出す。最初はジャネットが注文した品だったが、分けてもらった友人たちも気に入り、大量に追加する。
おかみさんが親切に教えてくれる。
「あんたたち、そんなに雪苺が好きなら、王都の北の泉を観光するといいよ。そこは雪苺の畑が多くてね、採れ立てをドルチェで出してくれるカフェもあるんだ」
「苺畑があるんですか!?」
フェリスは目をきらめかせた。別荘の近くで苺狩りをしたときのことは、楽しい思い出として記憶に残っている。
「ああ。雪苺はちょっと変わっていてね、雪の下じゃないと育たないんだ。だから、積もった雪を丁寧に掘って、隠れている苺を探すのさ」
「かくれんぼするんですね! 網も借りなきゃです!」
「網? なんで苺狩りに網が要るんだい?」
「飛び回る苺さんを捕まえるためです」
「……? 苺は飛び回らないだろう」
「……? 飛び回らないんですか……?」
おかみさんとフェリスの二人が首をひねる。話が噛み合っていない。
「最初の苺狩りがあれだったから、間違って覚えちゃったのね」
アリシアは苦笑いした。恐らくフェリスの頭の中では、農家は飛行する作物と戦う職業として認識されてしまっているのだろう。
「さすがに今回は余裕がありませんが、またいつか一緒に行けるとよいですね」
告げるロゼッタ姫に、おかみさんが目を凝らす。
「ん……? あんた……」
壁に貼られている絵を指差す。
「あの人相書きと、そっくりだね」
「……!」
少女たちはぎょっとした。
それは手配書。ロゼッタ姫の肖像画が描かれ、『発見もしくは捕縛した者には金貨五千枚を与える』と記されている。
テーブルの下で震える膝を、ロゼッタ姫はきつく握り締めた。全身から血の気が引いていくのを感じる。今すぐ逃げ出したいが、そうしたら余計に怪しまれて衛兵を呼ばれる。
「……確かに似ていますね。わたくしの親戚の方でしょうか」
ロゼッタ姫は微笑をこしらえた。声がうわずっているのを自覚する。他の客に顔を見られないよう、さりげなくフードを深く被り直す。
おかみさんが厨房に戻っていくと、ロゼッタ姫はお代の銀貨をテーブルに置いた。
「出ましょう」
少女たちは食堂から抜け出した。
目立たないよう普通に歩いて食堂を離れ、ある程度距離を稼いだら走り出す。全速力で大通りを抜け、誰もいない路地裏に駆け込む。
「ど、どうして姫様の手配書がプロクス王国に……?」
ジャネットは息を切らしながら尋ねた。
「分かりません……。わたくしが王宮から逃げてプロクスを目指していることは、バステナの拡張論者や影狼しか知らないはずなのですが……」
「バステナの拡張論者とプロクスが手を組んだということですかしら?」
「それは考えづらいですね……今から戦おうとしている関係なのです」
「じゃあ、いったい……?」
少女たちは頭を悩ませた。プロクスの王都に着いたから一安心していたが、気を緩めるには早かったのかもしれない。ここは敵国の中心地なのだ。
アリシアが提案する。
「とりあえず、宿を見つけましょう。外をうろうろしていたら、姫様に気づかれます。王宮に出かけるまでは宿に閉じこもっていた方が安全です」
「そうですね。皆さん、申し訳ありませんが、観光はまた今度ということに」
ロゼッタ姫は頭を下げた。
宿を探し、少女たちは王都ヴァイスカを行き巡る。なるべく人目を避け、裏通りを選んで密かに歩く。
だが、ロゼッタ姫の手配書は予想以上に様々な場所に貼られていた。宿屋のエントランスはもちろん、街路樹や民家の壁にも貼りつけられている。
何度も宿屋の主人に疑われ、巡回していた衛兵に声をかけられそうになって、フェリスたちは逃げ出した。足は棒になり、爪先の感覚は失われていく。降り続ける雪に、魂の底まで埋もれてしまいそうになる。
既に陽は暮れていた。昼に増して寒さが厳しくなってきて、アリシアは身を縮める。
「このままじゃ、野宿になりそうね……」
「わ、わわわたし……がんばります……」
体の小さなフェリスは、体温を保てず歯の根も合わなくなっている。そんな姿をロゼッタ姫は見ていられない。
「ごめんなさい。わたくしはなんとかしますから、皆さんだけ宿屋に泊まってください」
「ダメですようっ! ロゼッタさんも一緒じゃないと!」
「そうですわ! 姫様の護衛がわたくしたちの役目ですもの!」
帝王学を叩き込まれたお陰でしっかりしてはいるが、ロゼッタ姫とて十一歳の少女。大人ではない。敵地の真ん中で独りにするのは危険だ。アリシアは打開策を考える。
「宿は無理だろうし、夜をしのげる空き家を探しましょう」




