軍議と種族の壁
晴れて獣人国の客将扱いとなった私達は、この後すぐに始めるという軍事会議に参加するよう要請された。
正式な客将という都合で獣人の変装は今後しないことになった。
ようやく牛の姿からの解放である。
(似合ってたのに……)
(黙らっしゃい)
場所はそのまま、今は三人来るという獣人国の将達を待っている。
コの字型の会議机の上座にライオルさんとルイーズさん、私とミディールさんはライオルさんから向かって右斜め前に座っている。
私達の対面側に三人の将が座るのだろう。
空いた時間を使い、四人でお互いの近況であるベヒーモス狩りと内政の推移について話していると、扉が開かれた。
兵が敬礼して声を張る。
「カノープス将軍、カストル将軍、ポルックス将軍、御到着です!」
「通してくれ」
ライオルさんが入室を促す。
再度敬礼した兵が部屋から出ていくと、やがてマントを付けた三人の男性が入って来る。
一人目は老将と呼んで差し支え無さそうな耳の大きな男性。
最初は象の獣人かと思ったが体も大きくないし、どちらかというと……猿、かな?
目を細めており、落ち着いた佇まいだ。
逆立った短い白髪頭をしている。
「若、お久しゅう御座います」
「ジジイ、まだ生きてたのか……」
老将は親し気な様子でライオルさんと握手を交わした。
ミディールさんが小さな声で補足を入れてくれる。
「……あの御方、カノープス将軍は幼い頃のライオル殿の教育係だったそうです。前々王、ライオル殿の父上が崩御なさってレオ王が王座に就かれた時、経験を買われて将軍職に二度目の就任をなさいました」
なるほど、教育係……。
だから悪態を吐きつつもライオルさんの表情が柔らかいのか。
経歴も凄いな。
「ルイーズ共々、若の帰りを首をなごうしてお待ちしておりました。若の国王としてのこれからを見るまでは死ねませぬよ」
「けっ、体を壊す前に引退しろや。なんであんたが今でも将軍なんだよ。やっぱりこの国は終わりが見えてんな」
「若が変えて下さるのでしょう? 私は待っておりますよ、再び若者達がが強く育つような国に戻ることを」
「……フン。戻るんじゃねえ、進むんだよ。ほら、他の二人も勿体ぶってねえでさっさと座れや」
「「ハッ!」」
同時に返事をしたのはリザードマンの姿をした、良く似た二人だった。
鱗が体を覆っており、幾つかの傷が顔に走っている。
見た目から年齢が判りづらいが、三十代半ば位だろうか?
カノープス将軍が座ったのを見た後に、その下座に腰掛ける。
そういう力関係なのか……三代に仕えた老将の名は伊達ではないらしい。
「カノープス、カストル、ポルックス。俺が新国王のライオルだ。この中で俺に従えないという者がいたら遠慮なく言え」
薄々と察してはいたが、国王になってからはこれが初顔合わせのようだ。
ライオルさんが威圧するように三人の将を睥睨した。
あ、これ従わないって言ったら力づくで抑えるつもりだ……。
(よく分かるね、お兄ちゃん)
(一度全力で戦った人間同士だからね……何となく読めちゃう)
闘気と言うか、そんな感じのもの。
しかし、その心配は杞憂に終わった。
三将揃って深く頭を垂れる。
「私に異論は御座いません、若」
「我々兄弟も、国を変えていく一団に加えて頂きたい! 以前からの願いが叶うというのに、何を躊躇することがありましょう!」
カノープス将軍は良いとして、残りの二人、言葉からして兄弟らしいリザードマンの将軍二人も従う意思を示した。
しかし、以前から……?
ふとルイーズさんを見ると、眼鏡越しの瞳が怪しく光った……気がした。
まさかね。
「ならば何も言う事はない、お前達は将軍職を続投だ。本当はジジイには引退して貰いたいんだが」
「若、人材は急には育ちませぬ」
「分かってるよ……ンンッ! さて、お前らの対面に座ってんのが俺のガルシアでの同僚、魔法剣のカティア・マイヤーズと情報部のミディールだ」
咳払いを交えてライオルさんが私達を紹介する。
二人揃って挨拶に軽く頭を下げた。
「なんと……称号持ちですと? お嬢さん、失礼ですがお幾つでいらっしゃるので?」
「十七です」
カノープス将軍の質問に答えると、三人の将軍が驚愕の表情を浮かべる。
称号持ちというのはガルシア以外でもそれだけの価値があるようだ。
「若い、ですな……しかしガルシアにお帰りにならなくてよろしいのですか? 四国会議の開催は既に知れ渡っておりますから、あなた方は使者だと推察できるのですが」
この将軍、頭の回転がかなり速いようだ。
まだ何も話していないにも関わらず、こちらの役目を少ない材料から言い当てた。
私が口を開きかけると、ミディールさんが私の肩を軽く叩いて頷く。
どうやら彼が経緯を説明してくれるようだ。
「ガルシア王国、情報部所属のミディールと申します。実はですね――」
説明は私がするよりも大分聞きやすいものだったと思う。
事務的な内容なら話慣れているのだろう、ミディールさんは。
私達が察しの通り使者であること、ガルシアが攻撃を受けていて援軍を出せないこと、代わりにはならないが私達が砦の攻略に参加することなどを話していく。
老将のカノープス将軍は話を黙って聞いていたが、後半になるにつれてカストル将軍とポルックス将軍の顔が赤くなる。
どうやら激昂しているようだ。
「ガルシアは我々を見捨てる気ですか!?」
「それでなくとも獣人国はガタガタだと言うのに!」
「落ち着かんか。国の体制が揺らいでいるのは我々の所為であろうが」
カノープス将軍が窘めるが、リザードマンの兄弟は椅子から立ち上がったままだ。
恐らく聞く耳を持っていない。
「それで寄越した援軍が人族の小娘と若造の二人だけとは、我等を愚弄しているとしか思えませぬ! その称号ですら我らを欺くための張り子の虎という可能性も――」
「黙れ!」
ライオルさんが拳を会議机に叩きつけた。
激しい衝撃に机が浮き上がる。
その場に居た私以外の全員の肩が同時に跳ねた。
「お前ら、仮に獣人国から今すぐに援軍を出せと言われたら出せると思うか?」
「だ、出せませぬ……」
恥じ入る様に下を向いて答える、えーっと、どっちだこれ?
カストル将軍だろう、立っている位置からして。
恥じ入る様に下を向いて答えるカストル将軍。
「そうだろう? 自分達が出来ない事を他人に求める……愚かで卑怯なことだとは思わないか? いくら約定があったとしてもだ」
「……」
同盟国の防衛に援軍を出す。
それは四国同盟が結ばれた時からの明文化された条約だ。
しかし、自国の危機が迫っている時は当然その限りではない。
「そしてそこに居るカティアは……俺の師の孫であり、弟子であり、俺を倒した武人だ。侮辱することは許さん。恩あるガルシアの情報部の人間もそうだ」
ライオルさんを倒したという言葉に、目を見開いた兄弟が私を睨みつける。
良くない表情だ。
その目に納得の色は浮かんでいない。
「お、王のお言葉であっても我等は人族を信用出来ません!」
ポルックス将軍が震える声で叫んだ。
隠しきれない人族への憎悪の念が感じられる。
ライオルさんもそれを感じ取ったのか、複雑な表情になる。
「貴様ら……ガルシアの人族と帝国の人族を一緒にしているんじゃ――」
「若! 後で私めがきつく言い含めておきます故、ここはどうか」
「……ちっ。では軍議を始める!」
カノープス将軍の執り成しで一触即発の空気が冷える。
しかし蟠りが解けないままに軍議が始まってしまった。
獣人国では人族に対する差別がある、という知識の上だけにあった情報。
その一端を見せつけられた気分だった。




