方策
「その赤毛……貴女がカティア殿でありますか?」
「はい、そうですが」
城に行くと、とある部屋でライオルさんが待っていると入り口付近の兵に呼び止められた。
そこに向かって案内されていく。
ルマニ城に関しては、血塗れで半壊した状態の城しか見ていない。
こうして改めて見ると新鮮だ。
修繕中の箇所も多いが、使用に支障がないように主要な場所は既に直されている。
あの時、必死に駆け上がった階段のカーペットも全て取り払われて今は剥き出しになっている。
血の海で真っ赤だったので、大分それを吸ってしまったのだろう。
砕けた手摺も、今は新しいものに差し替えられているようだ。
「こちらです」
案内の兵士が立ち止まったのはライオルさんの兄、レオ王が殺害された玉座の間だった。
激しい戦闘が行われた為に、内装も酷く損傷していた筈だが……。
私は重い扉を開いた。
「失礼します……」
室内は、当たり前だが全て修繕されていた。
ただし豪華な装飾の玉座や壁の飾り、壺や鎧、硝子が砕けた巨大な窓などが無くなっている。
スッキリした室内にはシンプルな会議机と椅子、簡素な内装が施されている。
余りじっくり見た訳ではないのだが、以前の室内とは随分違った印象だ。
一瞬入る部屋を間違えたかと思う程に。
「おう、来たかカティア。まあ座れや」
椅子に座っているのはライオルさんとルイーズさん、それからミディールさんだ。
この面子ということは四国会議についてや、ガルシアとの連携の話になりそうだ。
「お疲れ様でした、カティアさん。ライオル様の御守りは大変だったでしょう?」
ルイーズさんから労いの言葉が掛かる。
後半の皮肉混じりの発言に、ライオルさんが肩を竦めて苦笑いした。
私としては事実を伝えるだけだ。
「いえいえ、兵達もライオルさんの指示でしっかり動いてましたから。私は魔物との戦いに集中していただけで」
(ライオルくん、格好良かったよねー。褒めるところは褒めるし、怒ると恐いし……)
アカネもライオルさんの指揮には感心しきりだった。
確かに、ある意味理想の上司像ではあった。
現場の声も良く拾い、直ぐに改善していたし。
「本当ですか?」
ルイーズさんは疑いの目だが……。
そんなに少年時代から想像出来ない姿なのだろうか?
「何で疑うんだよ……」
「ライオル殿は我が国では一軍の指揮もなさっていましたので、実績もおありですよ。まあ、後方ではなく最前線で指揮を執っていましたけれど……」
見かねたミディールさんが補足を入れる。
称号持ちは一軍を任されることが多いらしく、ライオルさんは副官無しで指揮を執っていたということだ。
このことからも指揮能力を高く買われていたことが分かる。
「ほらな? ちゃんとやってたっつーの」
「しかし、貴方の将才はともかく常に最前線などと……今後もその調子では困ります! 少しは自重して頂かないと――」
これでは何時まで経っても話が始まらないな……。
ルイーズさんがライオルさんと国の行く末を案じているのは分かるが、誰よりも先頭に立ちたがるのはライオルさんの性だ、きっと変える気は無い。
いや、「ガルシアの武人」としての性かもしれない。
私だって部下に指示を出して後方に居るのは我慢できないだろうから。
流れを変えるべく、話題を転換する。
「あ、あー随分と部屋がすっきりしましたね! 元々在った豪華な調度品とかはどうしたんですか?」
「ん? あ、ああ。そうだろう? あの玉座なんて金の装飾まみれだったんだぜ」
よし、ライオルさんが乗ってくれた。
軽い雑談で矛先を逸らそう。
「ありましたね、派手な奴が。どうしたんですか?」
赤い座面も背もたれも金で縁取られていた。
王の所有品だけに、かなりの量の金だったらしい。
ルイーズさんが頭痛を堪えるように、額に手を当てて溜息を吐いた。
「王冠もろとも溶かしてしまいましたよ。宝石類は取り外して……良いのでしょうか、王家に代々伝わるものなのに……」
「えっ……大丈夫なんですか、そんなことして」
「良いんだよ、あんな無駄の塊。ただまあ、完全に無いのは困るんで渋めの銀細工で王冠は作り直させた」
そう言って冠を取り出す。
頭に乗せるタイプではなく、額につけるサークレットのようだ。
それにしても思い切った予算の作り方だなあ。
「どうだ、似合うか?」
ライオルさんがサークレットを付けて見せる。
逆立った髪と相まってとても風格がある。
「似合いますよ。普段から着けたらどうです?」
威厳が出るんじゃないだろうか。
「嫌だよ、うっとおしい。式典とか儀礼的な場所だけだな」
直ぐに外してしまった。
似合うのに。
「後はそうだな、宝物庫には結構な財が在ったからな。全部売り払って国家予算行きだ」
豪快!
まあ、他もそんな状態なのだろうな。
城内もそう言えば物が少なかったな……。
「で、だな。既にこの面子で察しはついてると思うんだが……四国会議と今後の動きに関してだ」
それを受けてミディールさんが話す。
懐から何かが書かれた紙を取り出した。
ちらりと見えた文字が見た事のないものだったのだが、暗号文か何かだろうか?
「ええ、こちらから情勢を伝える手紙を送り、本国からそれの返答の手紙が届きました。レオ王の崩御と国境砦の陥落は既に伝わっているのですが……」
「早いですね。砦の陥落は二日前でしたよね?」
「緊急事態ですから、ルイーズ殿に許可を得てガルシアの連絡員を獣人国に配置していたのです」
「はい。面子に拘っている場合ではありませんから」
そう言ったものの、ルイーズさんは悔しそうだった。
本当は獣人国の諜報能力の不足を気にしているのだろう。
ミディールさんはそれに触れずに話を進める。
「四国会議については一か月間までなら延期すると。エルフ国とドワーフ国の代表、それからこちらから出した使者は既にガルシアに到着済みですが、滞在出来る限界がその辺りの様です」
四国会議は獣人国の情勢待ちで、暫く延期するようだ。
知り合いが多数参加している他の使者団が無事に帰ってきているようで安心した。
「本来なら同盟国であるガルシアからも砦の奪還に援軍を出すところなのですが……実はガルシアも攻撃を受けていまして」
「ガルシアが……!?」
私は思わず椅子から立ち上がった。




