凶報
その後は徐々にベヒーモスの生態に慣れた事もあり、危なげなく狩ることが出来た。
奴らは目と鼻は良いが耳は悪い。
なので群れをつくる習性はあるようだが、血の臭いが場に充満しない限り助けに出てこない。
これを利用して一体ずつ確実に仕留めることが出来た。
手順としては、私とライオルさん以外の兵士達は鍾乳洞の入り口の外で待機。
二人でなるべく隠密に行動して、はぐれた一体だけを釣り出して入り口付近まで誘い出す。
戦闘になったらライオルさんが敵の隙を作り、そこに私が高出力の魔法剣をぶつけて撃破。
それから兵士達を呼び、迅速に解体と回収を済ませたら撤退という形である。
今日も狩りが終わり、後は回復の為に眠るだけである。
「お兄ちゃん、今日までに送ったお肉って何人分位なの?」
幕舎の中で実体化したアカネが問い掛ける。
この幕舎は小さいながらも個人用で、私の負担が大きいからとの理由で建ててくれたものだ。
あの足に縋りついてきた三人組が提案して作ってくれたので、ありがたく使わせてもらっている。
人目が無いので、こうしてアカネとも互いの顔を見ながら話すことが出来る。
「うーん、そうだねえ。例えば牛って、一頭辺り一人前を二百五十グラムとすると、二千人前位らしいんだけど」
牛の話なので、私はなんとなく牛の付け耳を外しながら話す。
就寝前に髪を梳かそうと思っている所なので丁度いい。
「へー、牛って凄いんだね。それで?」
布を寄せ集めて作った簡易ベッドの上でアカネが転がる。
これも兵士達の善意によるもの。
ちなみに、この知識は農業大学に行った友人が酒の席で話していたものだ。
場所が焼肉屋だったもんだから得た知識を嬉しそうに語ってたな……あいつ元気にしてるかな?
「牛と同じくらいの部位を食用に回せるとして……単純に十倍以上の体積があって、しかも一人前が百グラムで済む。で、それで計算すると一頭辺り五万食分位かな」
噂だと一頭で数百人分を数日、という話だったのだが実態の方が上と言うのはどういうことだろう。
得た肉の大部分を誰かが独占でもしていたのだろうか?
それとも小型のベヒーモスだった?
考えても分からないことではあるが。
「ほえー。今日までに何頭位倒したっけ?」
「確か三十……だっけ? だから単純計算で百五十万食って事になるかな」
この一週間で約三十頭ほどのベヒーモスを食肉にして送った。
そして満腹感の持続は三日前後。
獣人国王都ルマニの都市人口は五万なので、彼らが三か月以上を過ごすことが出来るだけの食肉が送られた計算になる。
総人口に関しては各国五百万程度で、ガルシアが一千万超、ダオ帝国が一国で三千万を超える人口を抱えている。
人族が最も出生率が高いらしい。
「で、配給を貧困層に絞れば結構持つと思うけど……ライオルさんは粘れるだけ粘るって言ってるし、最終的にどのくらいになるか分からないかな」
「そっか。食べ物の確保って大変なんだね」
「大変だねえ。まあ、他の手もルイーズさんが打ってくれるんだろうけど」
もっとも一種類のものでこれだけの食を賄えるのは異常なのだが。
足りない栄養素もあるだろうからそこは補う必要はあるが。
話が途切れたので結んだ髪を解き、櫛を入れる。
もう慣れたが最初は長い髪が煩わしくて仕方なかった。
……腰まであるロングだからなぁ、そうそう見ない長さだ。
手早く、しかし丁寧に整えていく。
……。
「ねえ、アカネ。相談なんだけど」
「なあに?」
「私の髪、切っても――」
「だめ!」
即答!? 鰾膠も無い返事に驚いた。
アカネが起き上がって私の手を押さえつけるようにして詰め寄る。
いや、今すぐには切らないから……。
「でも、戦う時に邪魔になるし掴まれたら危険だし」
結んでいても長いものは長いのだ。
はっきり言って戦いには適していない。
ショートカットか、せめてセミロングの方が良くないか?
「折角綺麗な髪なのに! 勿体ないよ!」
元々、この髪は体を返す時が来た場合に備えて伸ばしていたものだ。
髪型を自由に選べるように、という考えから。
長い髪は短く出来るが短い髪は急には伸ばせないので。
今は以前とは状況が違う。
当の本人が目の前に居るなら、相談して変えてもいいかと思ったのだが。
「……分かった、分かったからそんなに悲しそうな顔しないで」
アカネは今にも泣きだしそうな顔をしていた。
こんな表情を見たら、もう髪を切るなんて言えない。
そのまま抱き着いて来るアカネの背中を軽く撫でた。
「お兄ちゃんが私の為に髪を伸ばしてくれてたのを知ってるから……だから、切るって聞いたらなんだか寂しくて……」
軽い気持ちで切ると言ったことを少し後悔した。
記憶を共有しているのだから、私がどんな気持ちで髪を伸ばしていたのかこの子は知っている。
そこまで考えが至らなかったな……。
「ごめんね」
その晩は実体化したままひっついて離れなかったので、少し暑かったが一緒に眠った。
寝苦しかったが、無神経な発言への罰だと思うことにした。
翌朝、今日も洞窟に行くものと思って準備をしているとライオルさんが幕舎に訪ねてきた。
既に着替えは終わって朝食を食べに行くかと思っていたのだが。
いつになく険しい顔をしているな……。
「カティア、王都に戻るぞ」
「え、どうしてですか? まだ私も兵達も体力的には大丈夫そうですが」
ライオルさんが何かが書かれた紙を渡してくる。
これを読めば分かる、と?
折られたそれを広げて目を通す。
――何々、国境砦アリトが帝国の攻撃により…………!
驚きと共に顔を上げると、ライオルさんが頷いて口を開いた。
「分かったか? 国境砦の一つが陥落した」
本格的な戦争の予感に、背筋が寒くなった。




