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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第八章 獣人国再興
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鍾乳洞の戦い

 魔法剣を駆使して退避の時間を稼ぐ。

 未だ懐には入れないが、ベヒーモスは無数の裂傷を負っている。

 やはり体は絶好調で大抵の攻撃は全く当たる気がしない。

 放っておいてもこのまま失血死するかもしれないが、ベヒーモスの目からは戦意が失われていない。

 瀕死の獣は恐いのでここは油断せずに――。

 そう思った時、ドスドスと戦意を隠そうともしないもう一つの足音が鳴った。


「まさか――」


(もう一匹きたよ、お兄ちゃん!)


 マズい。

 一体からの攻撃と二体からの攻撃では、回避の難易度が段違いだ。

 もう一体のベヒーモスは今戦っていた個体と同じ様なサイズ。

 こうなると、昨日のベヒーモスは比較的小さな体長だったらしい。

 突進の勢いのまま、新手のベヒーモスの豪腕が振り下ろされる。

 私は大きなステップで躱した。

 その間隙を逃さずに、手負いの方が飛び掛かってきた。

 私は大きな岩を陰にしてやり過ごそうとするが、大岩が砕けて身を隠す意味が瞬時に失われる。


(っ! 何か打開策は……)


(お、お兄ちゃん魔法は!? 大きいのなら何とかならない!?)


(この状況じゃ充分な魔力を練れない。ライオルさんが戻るまで時間を稼ぐしか)


 水竜の時は相手の動きが遅いこともあって、魔力をたっぷり練ることが出来た。

 本来時間が掛かる大きな魔法は、前衛がしっかり守ってこそ威力を発揮できる。

 私の場合はオーラと魔力を同時に練るのは得意だが、それでも精々が上級魔法まで。

 水竜を屠ったような極級魔法の発動は集中力が必要だし、あのレベルでないとベヒーモスには効かないだろう。

 今後の修練によっては魔法剣とオーラを出しつつ限界出力の火魔法を出す、という曲芸も出来るかもしれないが現状は不可能。

 ならば魔法剣で仕留めれば良いかと言うと……。


「攻撃の間隔が短い、飛び込めない!」


 やはり一対二で簡単に倒せる相手ではない、接近そのものが難しい。

 私は必死に攻撃を躱した。

 出来るだけ気勢を削ぐ為に突進を壁に誘導したり、同士討ちを狙って二体の間に入ってみたりしたが効果は今一つ。

 どうにか入れた斬撃は浅く、しかも数発に留まっている。


「カティア!」


 そこで救いの声がした。

 全速力で駆け付けたライオルさんが、増援の方のベヒーモスの顎を下から殴る!

 踏みしめた足元が軽く陥没するほどの威力に、魔獣が怯む。

 アカネが急かす様に魔法剣の出力を上げていく。

 ――行くさ、もちろん!


「そこだっ!」


 私は迷わず力を開放した魔法剣で首を深々と斬り裂いた。

 昨日の教訓を生かして切断までは求めない。

 太い動脈から血が噴水の様に溢れ、周囲の白石が赤く染まった。

 それを見た、先に居た方のもう一体が咆哮を上げて最後の抵抗を見せる。

 しかし、既に傷が多かった事もあってライオルさんの一撃に倒れた。

 不意を突かれた形の戦闘が、ようやく終わった。




「遅れて悪かった。後ろにも小さいのが出てな」


 ベヒーモスを回収している兵士達を見ながら、ライオルさんが軽く詫びる。

 兵達を避難させるだけにしては妙に遅いと思ったら、そういうことだったのか。


「いえ、だったら仕方ありません。その小型のベヒーモスはどうしました?」


「数発殴ったら逃げ出したから放っておいた。どうも幼生のだったようだし、お前を一人にしておくのも心配だったからな。結果的には正解だった訳だが」


 こちらは大きめのが二体だもんな……。

 そこは良い判断、と言わざるを得ない。


「ありがとうございます。もう少し遅かったら逃走も視野に入れてましたよ」


「二頭出た時点で逃走を考えないお前はおかしいが……まあ、無事で何より。午後にもう一度来るにしても、一旦撤収だ。やはりこの鍾乳洞のどこかが棲み処らしい」


 兵達の回収作業は初日に比べたら笑えるくらい速い。

 複数のベヒーモスと続けざまに遭遇したことで、かなり警戒心が増したようだ。

 無駄口も叩かずに一心不乱に解体している。


「終わりです、国王様!」


 早くも終了の報告が。

 だが、ライオルさんが口を開こうとした時にはもう遅かったようだ。


「お、奥からベヒーモス多数! 正確な数は不明!」


 見張りの兵が震える声で叫んだ。

 血の匂いに魔獣が群れで押し寄せて来る。

 周囲の壁や床が震えるほどの振動で、十や二十では済まない数だ。

 広い鍾乳洞が狭く感じる。


「撤収、撤収だ! カティア、頼む!」


「はい!」


 最後尾に回り、魔力を高めていく。

 これは事前に用意していた逃走手段で、アカネが発案してくれた。

 これだけ到達まで時間があれば……発動までいける!


(お兄ちゃん、距離感に気を付けて!)


(了解!)


 兵士達全員が逃げ始めるのを確認して、光量だけを追求した炎を放つ!

 目標は目だ、目を狙う!

 炎が手を離れた瞬間、私も背を向けて走り出す。


「全員、後ろを見るな! 前だけを!」


 数人が逃げながらこちらを心配そうに見ていたので、大きく手を振って警告を出す。

 瞬間、光が弾けた。

 人間が失明するほどではないが、洞窟を住処にするベヒーモスには効く筈……!

 案の定、馬鹿でかい足音のほとんどが止まった。

 中には地面を滑る様な音や岩に激突する音が聞こえて来る。

 成功か?

 それでも振り返らず、運悪く光を見た一人の兵士を回収しつつ鍾乳洞の入口へ。


「お嬢、お早く!」


 鍾乳洞から飛び出し、通常の洞窟の通路へ。

 ベヒーモスが入れない狭い通路まで戻ると、ようやく全員で一息ついた。

 ここは事前に見つけておいた安全地帯。

 こんなに直ぐに役に立つとは誰も思っていなかっただろうけれど、備えはしておくものだ。

 何とか誰一人欠けることなく逃げおおせることが出来た。


「おじょー! 恐かったっす!」


「お嬢、俺腰が抜けて。あ、良い香り……」


「お嬢! いや、お姉さま! 素敵、抱いて!」


「あ、こら!」


 三人の兵士が足にすがりついてくる。

 抱いてって、あなたは女性兵士じゃないか。

 重い、うっとおしい!


「……」


 ライオルさんが無言で全員に拳骨を落とした。

 頭を抱えて声も出せずに悶絶する兵士達。


「まだ洞窟内だぞ、お前ら! 緊張してりゃ良いってもんでも無いが、もう少しシャキッとしろや!」


「「「うーっす……」」」


 この状況においてはある意味、たくましいとも言えるが。

 荷車がギリギリ通れる通路なので、ベヒーモス二頭分の肉は喪失せずに近くにある。

 荷物を放り出さなかっただけでも彼らは称えられるべきだろう。

 ただ、余りゆっくりしていられないのも確かだ。


「ライオルさん、早めに移動した方が」


「血の臭いは隠せないもんな……よし、お前ら! 鍾乳洞外ではまだベヒーモスには会ってないが、絶対に油断するなよ。水を飲んだら出発だ」


 その後、ベヒーモスに会うことなく無事に洞窟外へ。

 今回の探索で分かったのはベヒーモスの個体差が割合大きいこと。

 それから鍾乳洞が縄張りの可能性が高いこと。

 個体数が数十体以上居ること。

 思った通り目が良い事、その程度だろうか。

 戻った野営地では二頭分の肉の処理で兵士達が大慌てだ。

 私が無数の裂傷を付けた方の肉は余り状態が良くないとの事だったが。そこまで気を使えというのも難しい。

 何にせよ、昨日よりも大きな成果に野営地は沸き立った。

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