魔獣の肉
「どうだ、様子は?」
ライオルさんと共に洞窟の外に出て、作業中の兵士に声を掛ける。
二百人規模の野営地は入り口からやや離れた位置にある森林地帯の中。
兵達は木枠を組んで肉を吊るしているので、血抜きの最中のようだった。
「凄いですよ、これは。確か止めは頭部を切断でしたよね?」
「ああ、こいつがな。それがどうかしたか?」
「頭部を失ってなお、心臓は力強く動いていたようで血がほとんど抜けてます。これは処理が楽ですよ。恐るべき生命力ですが、こうなると利点ですね」
言われてみれば、おびただしい量の血が切断面から噴き出していた。
ライオルさんが素早くランディーニを回収してくれて良かった。
そういうことなら、今後も心臓への攻撃は避けるべきなのだろう。
ベヒーモスほどの強敵を前にそれが許されるなら、だが。
今回首を狙えたのは偶然でしかない。
「それでも完全な血抜きは暫く掛かるか。よし、手隙の者は幕舎の建設に回れ! 火種を多めに用意して、夜間警備の者は今の内に休め!」
夜間は魔物達が活性化する。
特に最初から獰猛なベヒーモスがどうなるかは……考えたくもない。
洞窟を巣にしている以上、目も良いだろうから絶対に近付けない。
火さえあれば警戒して近付いてこないので、それを絶やさない事が大事だ。
――それにしてもライオルさんの指揮ぶりは堂に入っている。
低い声は通りも良く、従う側はさぞ頼もしく感じることだろう。
「お嬢も休んでください。後は我々がやりますので」
「…………? あ、私のことですか」
私の方を向いているから、そうなんだろう。
そんな呼び方をされたのは初めてなので少し面食らってしまった。
敢えて名乗る機会もなかったし、きっとライオルさんの身内か何かとでも思われているのだろう。
「ありがとうございます。少し休みますね」
(わたしも眠い……ふぁー)
実害はないので放っておこう。
それよりも明日までに魔力を充填しなければならない。
兵士が用意してくれた幕舎の隅で横になる。
移動と戦闘で疲れていたので夕食までアカネと共に仮眠を取ることにした。
「「「おおー!」」」
「……?」
目を覚ますと驚いた様な多数の声と一緒に良い匂いが漂ってくる。
外に出ると既に夕食が完成しており、宴会の様なムードになっていた。
作業中の兵士も居るには居るが、大体はもう終わりかけの様に見える。
こうして見ると女性兵士も結構居るな……。
ところで肉の味はどうだったのだろう?
今の声は食べた後の歓声だったようだが。
「カティア、こっちだこっち!」
ライオルさんが呼ぶ声に、私は大きな焚火の前に近付いた。
メニューはスープとパン、それからベヒーモスの肉の串焼きらしい。
毒性等を調べるために学者も帯同していた筈だから、そちらも既に済ませた後なのだろう。
「ライオルさん、肉の味はどうでした?」
「おう、食ってみろよ。そうすりゃ分かる」
差し出された串を受け取る。
焼き立てのそれは、塩と香辛料をふりかけただけのシンプルなもので匂いは臭くない。
むしろ逆であり、食欲をそそる香りが周囲に漂っている。
「い、いただきます」
戸惑いながらも一口齧ると、肉汁が口の中に溢れる。
その油もさっぱりしていて少し甘味を感じるくらいだ。
あの硬い表面の皮膚から考えられないほど柔らかな肉は、筋っぽさが無く口の中で簡単に解れた。
塩と香辛料がそれらを引き立て……。
(おいしい!)
(わっ、アカネ起きてたの!?)
(何このお肉! って、ベヒーモスだっけ……)
(寝惚けてるね? 起きてすぐ叫ぶと体に悪いよ?)
精霊に寝起きによる障りがあるかは知らないけれど。
どうやら感覚共有によって起こしてしまったらしい。
きちんと遮断しておかないから……。
それはともかくアカネが言う通り美味しい。
絶品、と言っていいレベルの味。
間違いなく前世と今世の中でも一番の味だと断言できる。
「美味いだろう? これは嬉しい誤算だな。それからもう一つ、何か感じないか?」
「確かに美味しいですが、食べて直ぐに何か変わる訳が……!?」
「気付いたか」
ライオルさんの言葉に感覚を内に向けると、僅かだがオーラと魔力が回復している。
まだまともに消化もしていないにも関わらずだ。
はっきり言って異常だ。
「最初に食った奴の話では、元のオーラ量よりも少し多めに回復した気がするとか」
「それが本当なら凄いですが……腹持ちの方はどうですか?」
「持続性は明日にならないと分からんな。ただ、不思議と直ぐに腹は一杯になったな……一人辺り多くても百グラム位か? で、残った肉を乗せた第一陣は王都に向かったぜ。ここで食った分を差し引いてもかなりの量だ」
確かに満腹感はかなりのものだ。
あと数切れ食べればもう充分なような……。
それだけ栄養価が高いのだろうか?
脳が、もういいと過剰な摂取を拒否している感じだ。
「今のところは狙った以上の成果では? これだけ効能が高いなら予想よりも大人数の食を賄うことが出来ますよ」
「ああ、確かにな。更に味も良いとくれば色々と捗るだろうし、今後はルイーズも動き易くなる筈だ」
王都に運んだ肉は困窮者への配給や、干し肉に加工して各村に配られる予定だ。
ベヒーモスの肉を引っ提げて王に就任……インパクト抜群だな。
しかし問題が二つある。
ライオルさんがそれを口にする。
「問題は俺達がどの程度ベヒーモスを狩れるのか、それと全部でベヒーモスが何体ほど居るのかってことだな。この辺は洞窟の探索が進まんことには……」
「ええ。今日戦った個体が大きいのか小さいのか、弱いのか強いのかも全く分かりません。完全に資料不足です」
要はデータの不足と私達の体力が懸念材料だ。
ベヒーモスは上級や中級以下のオーラしか持っていない一般兵では相手にならない強さだったし、集団戦を行う場合には、広い洞窟とはいえ外れた魔法の衝突による崩落が恐い。
何よりも獣人国では満足いく人数の魔法使いが揃わない。
結局、新国王が傍に居て軍隊を動かせる状況にありながら二人で戦わなければならない、という妙な状態が発生してしまっている。
「まー、何だ、とにかく一匹ってことはないだろうよ。場合によっては――」
数日間戦い通しということもあり得る。
そう言ったライオルさんの言葉に、私はげんなりした気分になった。




