初手
馬と互角の速度で走るライオルさんと共にルマニに戻った。
おかげで日暮れまでには戻れたが、街道ですれ違った老人が腰を抜かしていた。
無理もない……。
それから孤児院に戻り、ヒルダさんが用意してくれていた夕食を食べて一息。
そのままルイーズさんの帰りを待つ。
ミディールさんはあのまま王城に泊まり込んでいるらしく、子供が苦手というのは本当のようだ。
「んで、ライオルはどうするか決めたの?」
ミナーシャが私の膝を勝手に枕にしながら問い掛ける。
食後、ソファーですぐにこの状態である。
(わたしも膝枕ー)
(ヒルダさんもルイーズさんも精霊に関しては無知だから……ごめんね、アカネ)
(むー、後で絶対だよ)
アカネも長い時間実体化出来ていないので、退屈してきたらしい。
孤児院は一人になれる空間が少ないから、そろそろ何とかしてあげた方が良いかな……。
ライオルさんがミナーシャの問いに答える。
「何回も言うのは面倒だから、ルイーズが帰ってからな」
「えー、でもカティアには教えたんでしょー」
「わざわざ迎えに来てくれたんだ、そりゃあ当たり前だろ。その間お前は何してたんだ?」
「……」
フイッと目を逸らすミナーシャ。
私達が帰ってくるまで、あのまま熟睡していたことは言うまでもない。
その時、玄関の方から物音がした。
「あ、帰ってきたニャ!」
それを聞いてソファーから飛び跳ねて玄関へと駆けていく。
落ち着きがないな。
少しの間を置いてルイーズさんとミナーシャが部屋に入って来る。
「ミナーシャ、疲れているんだから寄り掛からないで」
「ニャー! 寂しいニャ、構って!」
「忙しいのだから仕方ないでしょう。あ、お二人共、今戻りました」
ルイーズさんが部屋に入って来る。
ライオルさんを連れ帰ったことは前もって城の兵に伝えておいた。
「おう、戻ったか。早速だが明日から動くぜ」
「はい?」
「ライオルさん、端折り過ぎです。ええとですね――」
私に説明した後なので、大方全部面倒になったのだろう。
仕方なく間に入って詳しく話す。
その間にミナーシャは話に飽きたのか、子供達と遊びに行ってしまった。
私が話終えると、ルイーズさんがようやく得心が行った様子で話し出した。
「そうですか……まずはご即位の決意をして下さったこと、文官一同を代表して深く感謝申し上げます。ありがとうございます」
「固いぞ、そういう所は変わらないんだな……。しかし臨時というか、短期のつもりだがお前はそれで納得してるのか?」
「納得はしていません。出来ればずっと……という気持ちはありますから。ですが、その気になって頂けただけでも一歩前進です」
「……そうか。まあ、その、なんだ。暫くの間、宜しく頼む」
「いえ、こちらこそ」
口調こそ冷静なルイーズさんだが、その表情は喜びを隠せない。
「それで、大枠の方針として農業に力を入れると。問題は成果が出るまで国民が耐えられるか、という点ですね。その辺りは何かお考えが?」
「良い機会だから四国会議を利用する。以前からのガルシアの援助に加えて、他国からも借金しようと思ってな」
「借金……ですか? 国が?」
「そうだ」
前世の世界では普通の事だが、この世界においては初めての試みかもしれない。
そもそも貨幣経済が浸透したのがここ百年の事らしいから、その考えに至るだけでもライオルさんは凄いと思う。
会議までは残り二か月。
それまでに最低限は国を安定させなければならないので、彼らにとっては実にハードである。
「まずは頭を地に擦り付けてでも助けを乞うんだ、いずれ必ず返すことを約束してな。それが出来なかったから今の惨状がある。違うか?」
「……いいえ、違いません。私達がやるべき最初の仕事は、国民の為に頭を垂れることなんですね」
「そうだ。国を立て直す為の猶予を得る。それが出来なきゃこの国は自壊するぜ、帝国が攻めてこなくてもな。市場の独占やらの対処は全て任せるが、出来るか?」
「お任せを。すぐに法整備に取り掛かりましょう」
反応の良さからして、恐らく改革草案は既に在るのだろう。
前体制下ではそれが全く通らなかった、というのは想像に難くない。
その鬱憤を晴らすかのようにルイーズさんの目が輝いている。
一方ライオルさんはガルシアでの王の在り方を見てきた。
王が全てをやる必要はなく、大事なのは誰に託すのか選ぶこと。
確かスパイクさんがそんなことを言っていたらしいが、ライオルさんは基本的なことはルイーズさんに任せる気なのだろう。
「それでだ。即位の発表は明日でいいんだが……ルイーズ、ちょっと耳を貸せ」
「はい?」
二人が密談を始めてしまった。
私達に聞かせると不味い話なのだろうか?
話を聞くルイーズさんが眉をひそめる。
「……正気ですか?」
「成功すれば見返りもデカい。折角称号持ちが二人居るんだ、やる価値は十分あるだろう?」
称号持ちが二人という言葉からして私にも関係ある話のようだ。
邪魔をするのもどうかと思うので黙っているが。
「確かにそうですが……」
「力の振るい所だ、何を迷う事がある? 後ろに居るだけの王は許せないと以前確かに言った筈だぞ」
「――っ! 分かりました、貴方を信じます」
迷っていたルイーズさんをライオルさんが後押しした。
その言葉にどんな意味があるのかは分からないが、それで二人の話し合いは終わったらしい。
「よし決まりだ! カティア、明日から少し遠出するからな。準備しておけよ」
「ええと、一体何処へ?」
ライオルさんは口端を上げ、悪戯小僧のような顔をした。
嫌な予感が……。
「明日教える。今日はゆっくり休んでくれ」
そういう訳で、その日はもう休むことになった。
同盟国なので協力を惜しむ気は無いが……何をさせられるのだろう?
翌日、王都の東門の前に呼び出された私はライオルさんを待っていた。
するとガラガラという何かを引く音と多数の足音が聞こえて来る。
音の方を見ると、かなりの数の荷車を引いた集団がライオルさんを先頭にしてやってきた。
「待たせたな。さ、行くぞ」
「ライオルさん……後ろの方々は?」
「見ての通り荷運びだな」
それは分かるが、全員が武装をしている。
体つきを見ても素人のそれではなく、間違いなく全員兵士だ。
「あの、でも兵士ですよね? 荷運びにしては仰々しくありませんか」
「ああ、そりゃそうだ。なんたって行く場所がベヒーモスの洞窟だからな」
「ベヒ……え!?」
ベヒーモスの洞窟……?
どうやら嫌な予感が的中したらしい。
不穏な響きの洞窟の名前に、私の顔は引き攣った。




