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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第七章 獣人の国
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国の未来図

 ライオルさんは土を払うと切り株の上に腰掛けた。

 持っていた鍬を降ろして汗を拭う。


「お前も座れよ」


「あ、はい……」


 もう一つの切り株に腰掛ける。

 この切り口も新しいようだが、もしかして開墾と耕作を同時に……?


「で、何をしているんですか? 私はルイーズさんに頼まれてライオルさんを探しに来たんですが」


「そうか。俺は、見ての通り……」


 ライオルさんがぐるりと辺りを見回した。

 一面の畑が広がっているが、周囲に作業をしている人は居ない。

 つまり――。


「土を耕してた」


「これ、一人でやったんですか?」


「ああ。ちょっとやり過ぎたか? この広さってここの住人だけで管理できるもんなのか?」


 事もなげに答えたが、この面積は数人が十日以上掛けてこなす範囲だ。

 この村、もう耕さなくても本格的な農業を始められるんじゃないのか?

 見張りの男性が言っていた台詞も納得だった。


「知りませんよ。それこそルイーズさんの領分でしょう?」


「そりゃそうか。アッハッハ!」


「……」


(なんかライオルくん……元気だね?)


(うん……いつも以上に)


 心配して損した……などと言う気はないが、完全に予想外だ。

 どうしてそんな状態なのか、聞かないと何も分からない。


「あの、ルイーズさんが即位についての返事を欲しがっています。良かったら、今日何を考えて何をしていたのか教えて貰えますか?」


「ん? ああ、いいぜ。最初はなんとなくこの辺りに来てな……この村に入って水と食料を買って、山に入ったんだよ」


 ルイーズさんの読み通り、この村で食料を調達していたようだ。

 彼女は本当に優秀である。


「山ですか?」


「おう、山だ。とにかく体を動かしたくてな……一心不乱に動くと精神が落ち着いて来るだろう?」


「まあ、それは分かりますが」


 反復行動にはストレス軽減やリラックス効果があると聞いたことがある。

 運動すると血流も良くなるし、理に適っている。


「王になるのは決めたんだが、俺に何が出来るかと思ってな」


「……はい?」


 今、サラッと王になるって。

 その選択で悩んで此処に来たんじゃないのか?

 ルイーズさんが喜びそうだが。


(ライオルくん、王様になるの?)


(みたいだね。その決断力に驚きだけど)


(ほえー)


 考えてみたら、お兄さんという重しがなくなってしまったのだから積極的に拒否する理由も無いのか……。

 ガルシアの人達が寂しがるな。


「で、最初は頭を整理しながら山で素振りしたり木を殴ったりしてたんだが、途中で気付いたわけだ。これってただの自然破壊じゃねえか? と」


「はあ……」


 話が見えないが取り敢えず我慢だ、最後まで聞こう。


「で、勿体ないから倒した木をこの村に持ってきてだな……何か手伝う事がないか聞いた訳だ。まだ体を動かし足りなかったからな。そしたら畑の耕作が進んでないって言うんで――」


「ひたすら耕していたと。それで、何か分かりましたか?」


「俺が思いついたのは簡単な事だけだ。聞くか?」


「聞きますとも。何ですか?」


「これ以上国民を飢えさせない、というだけの単純な方針だ。笑えるだろう? ガルシアで色々と見てきたつもりだったんだがな……」


 畑を耕しながら考えたのだろう。

 それから、私達は道中の村であるホープやスラム街での貧しい人々を見た後だ。

 至極自然な発想ではないだろうか。


「笑いませんよ。この国にはこの国の、ガルシアにはガルシアに適したやり方がある筈です。まず飢えさせない、というライオルさんの考えは正しいと思いますよ」


「まあ、そうだよな。四国同盟の中で国民が飢えてんのは獣人国だけだ。それも再三のガルシアの援助を断ってだぞ……くっだらねえプライドだよな」


 本当に酷いな。

 国民の飢えよりも見栄を優先してしまったのか、この国は。

 ガルシアへの移民が後を絶たないのも納得というか……。


「で、やっぱり種族の特徴にあった形を目指すべきだと思ってな」


「具体的にはどんな?」


「俺達獣人は余り器用じゃねえ。物を作ったり、知識を深めたりするのは不得意だ……となれば、やはり長所を生かすべきだろう」


「長所と言うと……身体能力ですか」


「正解。エルフは知識と魔法、ドワーフは技術、獣人は体力。人族は平均、もとい万能ってのが種族間の大凡おおよそのバランスだろ? それを活かして農業や漁業、酪農なんかでトップを目指すのもありだと思ってな」


「それは良いですね。どうしても狩猟がメインでは安定しませんし」


 今の獣人国のバランスは狩猟一強だ。

 それだけ山が多く資源も豊富なのだが、どうしても魔物の動向によっては安定しない。

 上手く農業を奨励するような制度が出来れば伸びしろは充分あると思う。

 ミナーシャと話したばかりの一次産業を主力に据える、ということになる。

 四国の中で農業のトップは現在ガルシア王国だが、特化している訳でもないので追い抜くのは難しくないだろう。

 エルフの国は森や山を切り開くのを良しとしないので作物に関しては輸入中心。

 ドワーフの国はイメージ通り酒関連が強いが、ガルシアに劣らない程度の生産量を輸出している。


「今まで獣人国で農業が今一つ振るわなかったのは、狩猟だけで食が賄えていたからだ。四国同盟以降に安定して人口が増えている今、もうそれだけじゃ限界だろう。この国は変わるのが遅すぎたくらいだ」


「最初の数年は大変でしょうけどね。作物は急には出来ませんから」


「だろうな。ま、急場を凌ぐ策が無い訳でもない」


 その急場を凌ぐ策、というのを聞く前にライオルさんが立ち上がった。

 王都に戻るのだろうか? 私も立ち上がる。


「とにかく最初に食ありきだ。高尚な文化交流も、妙なプライド持って格好つけるのも後だ後。明日即位したらすぐに動くぞ」


「え!? すぐですか?」


「おう。ある程度軌道に乗って、甥のシルバが成人したら俺はガルシアに帰る。だがら早い方が良いだろ?」


「!?」


 妙に未練なく王になると言い出したと思ったらそういうことか!

 この人はガルシアを捨てる気なんて最初から無かったのだ。

 思わず頬が緩んだ。


「何だよ、ニヤニヤして」


「いえ、ライオルさんがガルシアを好きなのが伝わってきて、それで――」


 ライオルさんが破顔した。

 私の背中をバンバンと叩き、頭に軽く手を置く。


「言っただろ? 今の俺はガルシアの兵士だって。やることはしっかりやるが、終わったら帰るぜ。必ずな!」


 ライオルさんの在位が何年になるかは分からないが「帰る」と彼は口にした。

 ルイーズさんには悪いが、正直に言って私は嬉しかった。

 きっと道場の人達も、親しい人達も待っていてくれると思う。

 勿論、私も。

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