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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第七章 獣人の国
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捜索

「ライオルさんが戻ってこない?」


「ええ、ですから捜索をお願いできませんか?」


 ルイーズさんが孤児院に戻るなり、私に告げた言葉はライオルさんの捜索依頼だった。

 彼女は疲れた顔をしていたが、一休みしたらまた城に戻るとのこと。

 応接室で立ったまま話をしているのはその為だ。

 ちなみにミナーシャはクッキーを貪った後に昼寝を始めてしまった。

 この部屋のソファーでよだれを垂らして寝ている。

 ルイーズさんが恨めしそうな顔でミナーシャを見た。

 それにしてもライオルさん、何処で何をしているのだろう?

 そろそろ日が暮れると思うのだけど……。


「構いませんが、行き先の目星は何かあるんですか?」


「王都の北門からそれらしき人物が出ていったという情報があります。そちら方面に徒歩で行ける距離には、ルドという村が一つあるだけです。そこで聞けば恐らく何か分かると思います」


 何処に行ったとしても、食事や給水はするだろうというルイーズさんの推測。

 それでなくとも二メートルの大男は目立つだろうから、誰かが目撃したかもしれない。


「分かりました、行ってみます。ルイーズさんは……」


「お察しの通り、城を離れられそうもありません。私も探しに行きたいのですが……」


 指揮で忙しいのだろうが、それだけじゃないのか?

 ルイーズさんが唇を引き結び、瞳が不安気に揺れた。


「……本当は恐いんです、またあの方が私の前から居なくなってしまうんじゃないかと思うと。自分で確かめに行く勇気が……国を預かる文官としては、お恥ずかしい限りですが」


 眼鏡の位置を直しながら目を伏せる。

 どうやら文官としてライオルさんを推す理由と、古馴染みとして純粋に慕う気持ちが混ざり合っているようだ。

 そのどちらも彼女の本意には違いない。

 私はそれを否定する気にはとてもなれない。 


「恥ずかしくなんてありませんよ。人の上に立つ者は感情を排しなければならない……そんなことは無い筈です。少なくとも、私はそんな人に国を運営して欲しくないですね」


 特にここ獣人国では、経済的弱者の立場に立って政治を考えたことがあるのだろうか?

 そういう想像力を生み出す感情こそが人間の武器だと思うのだ。

 勿論それだけでは立ち行かないことも多いだろうけれど、要は実利と配慮のバランスの問題である。

 

「……ありがとう、カティアさん」


 ルイーズさんの表情が少し明るくなる。

 彼女の本音を聞けて良かった。

 恐らく、出会い方がああだったのと私が他国の人間であることが大きかったと思う。

 どうも彼女は本音を簡単に話すタイプではなさそうだったから、今の特殊な状況と立場に感謝だ。


「そういえば、昔のライオルさんはどんな感じの人でした?」


「今と余り変わりませんよ。血の気が多くて、戦いが好きで……私は毎日大変でした。でも――」


「でも?」


「性根は優しくて……今になって思えば、だから国を出て行ったのでしょう。兄上と王位を争ったりしないように」


 ライオルさんの性格上、好ましくない状態の国を目の当たりにして我慢できたかどうか分からない。

 それを自分でも分かっていたのだろう、だから距離を取った。

 ……もっとライオルさんの昔話を聞きたいが、もう行かないと日が暮れるな。


「では行ってきます。見つからない場合は一度戻りますから、その時は――」


「ええ、探索の人員を増やしましょう」


 基本的にルイーズさんは努めて理性的に振る舞おうとしているので、感情が先行しがちなライオルさんとは相性も良いだろう。

 もしこの二人がコンビを組んで国を運営出来れば、自ずと結果も付いて来るのではないだろうか?

 そんな事を考えながら孤児院を出た。




 馬で北に駆けて行くと話の通り中規模の村が見えて来る。

 ここがルドという村の様だ。

 この距離で見た限りでは狩りが中心で農業は発展途上、といった様子に見える。


(ライオルくん、元気出たかなあ?)


(どうだろう……心も体もタフな人ではあるけれど)


 昨日のライオルさんは表面上は普段通りだった。

 ただし、さすがに口数は少なかったが……。

 レオ王の遺体は昨日の内に埋葬された。

 首の無い遺体であり、国王の名誉の為にもそれを余り知られたくないとの事だ。

 国葬は事態が落ち着いた頃に執り行われるらしい。

 昨日は城の修理や遺体の処置が主だった。


「何か用かい? 随分と立派な馬に乗っているが」


 入り口付近に差し掛かると、村の見張りらしき男性に声を掛けられた。

 私は馬を降りて質問を投げる。


「あの、身長二メートルくらいでたてがみの様な頭の男性を見ませんでしたか? 探しているんですが」


 反応はすぐに帰ってきた。

 村の奥を指さす。

 ライオルさんはどうやら村内に居るらしい。

 とにかく見つかって良かった。


「その人なら奥に居るよ。いやあ、おかげでウチの村は大助かりさ。奇特な人も居たもんだ」


「一体何を……?」


「行けば分かる。してくれたことに現実味が無さ過ぎて、口で説明するのはなぁ」


 それ以上は教えてくれなかった。

 村には勝手に入って良いというので、馬を厩舎に繋いで村の奥へ。

 村内は至って普通だった。

 一般的な獣人族の村といった風情で、特に変わったことは無い。

 だが、見張りの彼が言っていた奥まで行くと――。


(うわあ、凄い!)


 アカネが感嘆の声を上げた。

 地面が掘り返され、柔らかな波を形成している。

 掘った時に出たであろう石が隅に山の様に積んである。

 問題はその作業範囲だ。


「広っ!」


 耕した畑が目の前一面に広がっていた。

 それも明らかに耕したばかりといった様子の。

 畑の前で呆然としていると、遠くから見慣れた人影が現れた。

 手を上げてニッと笑う。


「よおカティア。お前は何処に居ても赤毛のせいで一発で分かるな。で、こんな所まで何しに来たんだ?」


 体を土まみれにしたライオルさんが現れた。

 何をしているのか聞きたいのはこちらなのだが……。

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