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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第七章 獣人の国
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浄化の炎

「一面猿まみれニャア……一体何匹居るの?」


 ミナーシャの呟き通り、やや開けた場所にある頂上は猿の群れで真っ黒だった。

 その数の多さから、獣独特の臭気が鼻につく。

 そして一番高く太い大木の天辺にボス猿らしき影が。


「ヤツが群れの長か。しかしデカいな」


 ライオルさんの言葉通り凄まじい威容だった。

 体長は七メートル近くあるだろうか?

 木が折れないのが不思議なほどの巨体だ。

 現在までに確認されているジャイアントエイプの中では間違いなく最大だろう。

 大猿が咆哮を上げた。

 手下のジャイアントエイプが走り出す。


「来ますよ! 後は手筈通りに!」


 ミディールさんの指示で二組に分かれて行動を開始する。

 私とライオルさんはボス猿を目指して突破を。

 残りの二人は生存優先で遊撃、余裕があれば攪乱を行う。


「行くぞ、カティア!」


「はい!」


 ライオルさんの声で敵集団に向かって進む。

 二剣を抜き、手近な敵から斬りつける。

 乱戦が始まった。




「カティア、居るか!?」


「はい! 居ます!」


 絶えず襲い掛かる敵の群れに、私達はお互いに声を張って位置を確認していた。

 徐々にライオルさんと分断されつつあり、良くない状況だ。

 山火事を考慮して余り大きな火魔法を使えないのも効いている。

 それでも二人で前に進んで行く。

 既に百を超える数を斬り伏せた筈だ。

 目標であるボス猿は動かない。

 余裕を見せるように、樹上で体を揺すっている。

 ようやく木に近くに見える位置まで進んだ。

 

「カティア!」


「ライオルさん、御無事でしたか!」


「おう! 当たり前だろ!」


 そこで運良くライオルさんと合流できた。

 怪我一つ無い辺り、流石の一言だ。

 よし、このまま一気に――。


「ゲゲゲゲゲゲゲゲッ!」


 何だ!?

 けたたましい声に樹上を見上げると、あの猿……わらっている?

 ライオルさんが拳を固く握りしめた。


「何がおかしい……これだけの手下を盾にしておきながら、てめえは……! 何を嗤う!」


「……ライオルさん?」


「カティア、あいつは俺がやる」


 ライオルさんが常には無い険しい顔をしている。

 私は一瞬の逡巡の後、


「では任せます。道は私が作りますから、ライオルさんは奴への攻撃に集中して下さい」


 承諾した。

 悩む時間も勿体ない。

 今も数体の猿を斬りながら、殴りながらの会話だ。

 ライオルさんの力なら信用できる。

 行くのはどちらでも構わない。


「……いいのか?」


「はい。代わりに、一撃で仕留めるつもりでお願いします。ミディールさんとミナーシャさんもどうなっているか分かりませんから」


 二人共しっかり自衛出来ているだろうか?

 焦っても仕方ないが、決着を急ぎたいのも確かだ。

 ライオルさんが破顔して拳を打ち鳴らす。


「――おう! 任せな!」


 私は腰を落として両手の剣を回転しつつ振り抜いた。

 吹き飛んだ猿の群れに、僅かに攻撃が弛む。

 その隙に魔力を急速チャージする。


(アカネ!)


(行けるよ、お兄ちゃん!)


 範囲は狭く、密度は高く……。

 そんなイメージで両手の剣を縦に振り下ろす!

 炎が伸び、大木に向かって二条の熱線が奔る。

 進路上のジャイアントエイプを全て焼き尽くしながら、炎の壁が立ち昇った。


「ライオルさん!」


「ハハッ、こりゃ最高に熱い道だな! ――行くぜ!」


 炎の壁の内側には人一人が通れる隙間が。

 触れればタダでは済まないが、ライオルさんなら……!

 現に炎の壁に外側から触れたジャイアントエイプは全て焼け死んでいく。

 一方、ライオルさんは一切の躊躇なく炎の道に踏み込んで行く。

 そして木に取り付くと、幹を踏み砕きながら垂直に近い木を力技で昇っていく。

 凄いな……。


「高い位置から見下ろしてんじゃねえよ!」


 そのままの勢いで高く、高く跳躍すると渾身のアームハンマーを両手でボス猿の頭部に叩きつけた。

 ボス猿はあっけに取られた様子で回避もままならなかった。


「おおおおおおおおっ!」


 気合の声と共に、そのままボス猿と一緒に下にライオルさんが落ちて来る。

 ……木を縦に破壊しながら。


(お兄ちゃん、危なくないこれ?)


(危ないね……退避!)


 なまじ大木だった為か、落ちてくる枝で何体ものジャイアントエイプが下敷きになった。

 そして、轟音と共に大猿が落ちてくる。

 その巨体を活かすことなくジャイアントエイプのボスは絶命した。

 木の破片が全身に刺さり、頭は完全に潰れていた。

 土埃が舞い、大木が倒れて周囲の木の枝を押し潰す。


「すまん、やり過ぎた」


 土煙の中から頭を掻きながらライオルさんが現れた。

 背後には大量の黒い霧を吐き出すボス猿の姿が。

 黒い霧は塊となり、宙に漂う。

 ――いつものように霧散しない?

 不審に思い、よく観察していると……。


「ライオルさん、後ろ!」


「あ? うおっ、何だ!?」


 霧が渦を巻き、周囲の残ったジャイアントエイプから黒い霧を吸収していく。

 死体からだけでなく生きている個体からも、全てだ。

 霧を吸い出された個体は、糸が切れた人形の様に倒れていく。

 黒い霧が集まり、塊のようになる。


「お兄ちゃん!」


 異常を察したアカネが姿を顕現させる。

 酷く焦った様子が、一体――?


「このままじゃダメ! 精霊達が悪意に飲まれて……!」


「何だと!? これ、そんなにマズいのかよ?」


「このままじゃ戻れなくなる! だから、だから……」


「アカネ?」


 言いたい事はあるのに、言葉にならない様子だった。

 何とか意図を汲もうと私が口を開こうとしたその時、二人分の足音が聞こえて来る。


「御無事でしたか! こ、これは!?」


「やっと終わったニャ? ……ってうわっ、でっかい黒い霧! 何コレ!」


 別行動だった二人が駆け付けて来る。

 無事を喜びたい所だが、状況がそれを許さない。


「そっか……だから、対抗する為に大精霊が……だったらわたしでも……! おに……お姉ちゃん!」


 アカネが自分の中で考えを纏めたらしい。

 私は何も聞かず、信じて行動することに決めた。


「……何をすれば良い?」


「今からわたしが言う様に魔力を練って! いい?」


「了解!」


「カティア殿、一体何を……?」


「議論の時間は無さそうです! ここはアカネの感覚に賭けます!」


 あの黒い霧が私達にとって良くないものであることはここまでで明らかだ。

 野放しには出来ない。

 黒い霧の塊は未だにぐるぐると渦巻いている。

 直ぐに行動を開始する。


「お姉ちゃん、まずは火のプラスのイメージを引き出して! 大精霊の中に入った事があるお姉ちゃんなら出来るはず!」


 アカネの精霊力を抽出した時の事か。

 あの時に感じた種々の感情、そこからのプラスイメージ……。

 正負問わず燃えるような強い感情が多かったが、一番は私が救われたのは「暖かさ」だ。

 全てを燃やす熱さではなく、心を癒すような寄り添う暖かさ。

 あの嵐の様な感情の奔流の中でも確かに感じたそれを形にする。

 目を閉じて、魔力を練った。


「お姉ちゃん、手を」


「……」


 そのままアカネと手を繋ぐ。

 魔力を供給されたアカネが空いた手を蠢く黒い塊に向ける。


「流れて来る……お姉ちゃんのあったかい気持ち……あなた達も、感じとって……!」


 アカネが魔法を放つ。

 黄色に近い柔らかな色の火が黒い霧の塊を包んだ。

 いつもの魔法の様な熱さは感じない。

 それだけではなく、枯れかけていた近くの草花が青みを取り戻していく。

 これは……。

 そして黒い塊が動きを止め、やがて――。


「綺麗ニャ……」


 七色の光を放ちながら散っていった。

 後には静けさを取り戻した山だけが残った。

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