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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第七章 獣人の国
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巨猿の群れ

 村の近くの山に居たのは、猿だった。

 正確にはジャイアントエイプという魔物……その名の通り、通常よりも大きな猿だ。

 サイズは人間大から一部は五メートルを超えるものまで多様だが、その特徴として群れを作る習性がある。

 大抵は群れのボスとして統率している個体が最も大きく、ボスを倒すことで群れは瓦解する。

 と言っても余りに群れの規模が大きく、ボスを倒しても、その数が大幅に残ってしまう場合は別だ。

 時間が経つと別の個体がボスに代替わりする為、そうした場合は群れの数も減らさなければならない。


「ニャッ! こいつら数が多くて……もう!」


 そして今は、既に戦闘中だ。

 ミナーシャは意外にも自分の長所を理解している動きだった。

 素早さを活かし、先頭で敵を攪乱したり移動先を誘導したりしている。

 どうやらAランク兵士の肩書は伊達ではないらしい。

 もしかしたら集団戦に関しては私よりも理解があるかもしれない。


「ライオル殿、カティア殿、とにかく数を減らして下さい! 集団左の防御が薄いです!」


 そしてミディールさんの指示でライオルさんと二人、左から切り込む。

 彼自身は孤立した魔物を一体ずつ処理している。

 前言通り余り戦闘能力は高くないようだが、自覚があるようで決して無理はしない。

 判断力と分析力が良いらしく、ここまでの戦闘指示も的確だ。


「あ、逃げるニャ!」


 ジャイアントエイプの集団が退いて行く。

 先程からこの繰り返しだ。

 こいつらとの戦闘も三度目。

 こちらを消耗させる腹積もりなのだろうか。


「ちっ、またバラバラに逃げやがる」


 ライオルさんの言葉の通り、散開して逃げていくのがまた厄介だ。

 同じ方向に逃げれば群れの本隊の位置を特定できるのだが……。

 ただ、他にも位置の特定に使える情報はあるので予想ならついてきたが。

 徐々に敵の数が増えてきているのがその証拠だ。


「仕方ありません、一度休憩しましょう」


 ミディールさんが嘆息しつつナイフを懐にしまう。

 その言葉に、各自で水を飲んだり携帯食料をかじる。

 現時点で怪我をしている者は居ないのは幸いだった。


「やっぱり出てましたね、黒い霧」


 私の確認に、ミディールさんが額に手を当てながら答える。

 ジャイアントエイプの傷口からは例の黒い霧が出ていた。

 今の戦闘で倒れた数体からは今も噴き出し続けているのが見える。


「そうですね。それに撤退タイミングや攻め方を見るに、妙な知恵も付いているようだ。もっとも頂上に近づくに従って数が増えてきていますから、そこに群れの長が居るのでしょうが」


 組織的な行動だけでも厄介なのは確かだが、その辺りは魔物の知恵の限界なのかも知れない。

 ボスの位置については私の先程の考えと一致する。

 恐らく間違いないだろう。

 と、そこでアカネが何か言いたそうにしているのに気付く。

 私の方から呼び掛ける。


(何かあったの? アカネ)


(……お兄ちゃん、精霊の数が少し戻ったみたいなんだけど)


(え? でもどうして?)


 何かしたっけ?

 アカネの言葉に、私の思考は疑問で一杯になる。

 山に入ってからは魔物との戦闘しかしていない。

 この山に入った時も、村と同じく精霊がほとんど居ない事はアカネに確認済みだった。


(分かんない。でも、あの黒い霧が出た後に戻ってるみたいだから――)


(もしかして、あの黒い霧の中に精霊が?)


 精霊の移動能力は低いらしく、何の助けもなければその場所に留まるのが普通だとルミアさんが教えてくれた。

 大精霊は別格で移動可能らしいが。

 そう考えると、黒い霧の中に精霊が閉じ込められている?

 もしくは――あの黒い霧自体が精霊が変質したものという可能性もある。


(アカネ、確証が得られたら教えて。一応、みんなには話しておくけど……)


 火の大精霊が以前言っていた、アカネは理の内に居ると。

 だから精霊としての感覚に期待したい。

 私達に分からないことも、アカネなら何か気付くかもしれない。


(うん、わかった。お兄ちゃん……気を付けてね)


 アカネが周囲の状況把握に集中し始める。

 私は邪魔をしないように、アカネに話し掛けるのをやめた。

 今の内に新しく確認できた情報を皆に手早く説明しておこう。


「皆さん、聞いて欲しいのですが――」


 魔物を警戒しつつ四人で顔を寄せ合った。




「そうですか……あの黒い霧も精霊に関係していると。精霊に関してはまだ分かっていない事も多いですから、何とも言えませんね」


 ミディールさんが難しい顔をする。

 あれこれ推測するしかない現状を苦々しく思っている様子だ。


「なあ、もしかして植物が枯れたのも――」


 ライオルさんが村の状況と結びつける。

 確かに植物が急激に枯れだした理由としては、他に考えらえない。

 証拠は何もないが、現に山の植物も弱っている様子が見られる。


「関係あるでしょうね。恐らくですが、精霊が居ないと植物が枯れるという相関かもしれません……いくら土を調べても他に異常はありませんでしたから」


 ミディールさんは昨日の内に土を掘り返したり、毒物の類が撒かれていないかを丹念に調べていた。

 結果、土に含まれる栄養が極端に減っていることしか分からなかったらしい。


「精霊ってすごいのニャ……あ、でもそれって黒い霧の魔物を倒していけば、精霊が戻ってまた作物が採れるんじゃ?」


「可能性はありますね。とはいえ、時間は掛かるでしょうが……」


 ミディールさんが言う様に一度痩せた土が一瞬で戻るとは考え難い。

 あの村にとっては良くない知らせだが、それでも今よりは遥かにマシな筈だ。

 ちなみに精霊が少数ながら戻ったという事で、アカネの仲介なしの火魔法を試した。

 結果、普段拳大の火を出せる魔力を込めても指先に灯る程度の小さな火しか出せなかった。

 それ位の精霊しか周囲に存在しないという事になる。


「兎に角だ。この山の生態系を頂点に居るのは間違いなくあの猿共だろう? 魔物以外の動物も残っていたし、山での狩りさえできればあの村も何とかなるかもしれん。取り敢えず潰しに行こうぜ」


 ライオルさんがジャイアントエイプの討伐を提案する。

 調査だけが目的なら引き返しても良い状況だが、反対する者は誰も居なかった。

 ミナーシャですらやや硬い表情で、反対の声を上げない。

 確かに、ライオルさんが言う通り猪や兎などは山の途中で見掛けた。

 村と違って山の自然は完全に崩れている訳ではなさそうだ。

 果実もまだ在ったし、野草も弱々しいが残っていた。

 山さえ解放できれば村にとっての希望と成り得るかもしれない。


「では、目指すは頂上ですね。行きましょう」


 あの村に関わったのは偶然でしかない。

 しかし成り行きとはいえ好き好んで不幸な結末は見たくないのだ。

 全員が頷くのを見た後、私は頂上に向けて足を進めた。

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