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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第七章 獣人の国
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困窮の村

 村の規模は六十人程度の小さなものだった。

 元は百人程だったらしいが……ともかく食料は行き渡った。

 最初は消化の良い食べ物から、後から保存のきく食べ物を配る予定だ。

 ガルシアを出る際に全員多めに所持金を用意してきたので、今後の路銀には支障なし。

 大規模の村だったら他の方法を考える必要があったが、小規模の村で良かったというべきか。

 見返りはもちろん情報だ。


「つまり、半年ほど前から急激に魔物が凶暴化したと。それに伴って――」


「はい、植物が枯れ始めて……今では太い樹木以外は全滅しました……」


 答えているのは村長で、五十代くらいの痩せた鹿系獣人の男性。

 この村に入った時は驚いた。

 雑草一本生えず、土はひび割れて荒れ果てていた。

 きちんと亡くなった村人の埋葬がされている辺り、何とか理性の糸は繋がっているようだったが、村人の表情もそれは酷いものだった。

 食料を渡した時も、喜ぶ元気の残っていたものは少数。

 力無く泣いている村人たちを見るのは心が痛かった。


「畜産用の動物などは?」


「潰せば先が無いのは分かっていましたが……あの二頭の馬以外は全て……」


 食べたのか。

 しかし、この窮状を見るに仕方ないとも言える。


「貴方がたは命の恩人です。どうぞ、御用があればいくらでも村の者を使って下さい。ただ、山には近付かれない方がよろしいかと」


「山に凶暴化した魔物が居るんですか?」


「はい。幸い、縄張りに入らない限り襲ってはこないのですが、そのせいで山での狩りが出来なくなり……結果的に食糧不足はより深刻になりました」


「そうですか……もう充分です。村長さんも少し休むと良いですよ」


「ありがとうございます。感謝の念に堪えません。村人全員に代わり、心からのお礼を……何も差し上げることができず、申し訳ありません」


 そう言うと、村長さんは自宅へと戻っていった。

 彼も今回の件で妻と子を亡くしたらしい。

 疲れ果てたような顔で、それでも村長としての責務を全うしようとしているのが分かり、切なかった。


「……どう思います?」


 村長の姿が見えなくなったのを確認し、今後どう動くかの相談に入る。

 最初に切り出したのはミディールさんだ。


「山にも行くべきでしょうね。魔物の状態も見なければなりません」


「え゛っ! 行くの!?」


 ミナーシャが素っ頓狂な声を出した。

 今迄の経緯を考えれば当たり前の行動だが、話を聞いていなかったのだろうか?


「そりゃあ行くだろ。倒せる魔物なら倒すべきだし、無理なら村人はここから移住させにゃあならん。中途半端な施しは意味がねえ」


 ライオルさんが仕方ないといった様子で補足を入れた。


「うーん……ま、考えてみたら私の出番はきっとないニャ! 二人の後ろに居れば大丈夫だよね!」


 他力本願な発言だった。

 全員から白い目で見られていることに彼女は気付いているだろうか?

 ただ、本来なら彼女がやらなければならない事でもないので何か言いにくい。

 頭数が増えるだけでもありがたいのは確かだ。


(あの、お兄ちゃん……)


(どうしたの? アカネ)


 いつになく深刻な様子でアカネが話しかけて来る。

 困惑と不安の感情が同時に伝わってきた。


(精霊の気配を、感じないの)


(……?)


(お兄ちゃんが思ってるような、場所によって数が少ないとか種類に偏りがあるとか、そういうレベルじゃないの。ここには……全然精霊がいない。ゼロに近いと思う)


(! そんな事って、有り得るの?)


(分かんない。でも、精霊はどこにでもいるのが自然なはずだから)


(この状態そのものが不自然だってこと?)


(うん)


 どういう事だ?

 あの黒い霧と精霊の減少に何か関係があるのか?


「カティア殿?」


 少しの間、思考の海に沈んでいると、目敏いミディールさんが私の様子を不審に思ったようだ。

 私は、思いついたことをそのまま口にした。


「あの、ミディールさん土魔法使えましたよね?」


「え? ええ、大した技量はありませんが……」


「今、使ってみてくれますか?」


 アカネの言葉を疑っている訳ではない。

 ただ、こうした方がより状況を伝え易いと思った。

 精霊が居ないなら――。


「む? おかしいですね……」


「どうした、ミディール?」


「魔法が発動しません。カティア殿、これは一体?」


 そう、魔法が発動しないということになる。

 やはり間違いない様子だ。


「アカネの言葉なんですが、この村には精霊が居ないらしくって」


「精霊がいない? どういう事です?」


「ニャ? アカネって誰?」


「俺は魔法を使えんから分からんが……そんな事、有り得るのか?」


「有り得ませんね。有史以来、魔法が使えない場所が存在するという記述はありません。聞いたことも無い。これは異常事態ですよ」


 ミディールさんが知らないという事は、益々調べる必要性が増してきたな……。


「ねーねー、アカネって――」


「ミナーシャさん、後で」


「またこのパターン!?」


 ルミアさんが居れば色々推論を立ててくれるのだろうけれど、ここには魔法の専門家は居ない。

 やはり判断材料を増やすためにも山に行く必要がある。


「取り敢えず、今日の所は休まないとな。空き家を貸してもらったんだろ?」


 ライオルさんの言う通り、もうじき日が暮れる。

 夜に魔物の領域に足を踏み入れるのは危険だ。

 山に入るには明日を待たなければならない。


「ええ。ただ、今後の予定もあります。早朝の内に出るとしましょうか」


 ミディールさんの言葉で早朝に山に入ることに決まった。

 男女で別れ、借りた二軒の家にそれぞれ泊まる。

 どちらも亡くなった村人の家だが、片付いていて泊まるのに支障は無かった。

 流石に寝具などは他の家の住人が貸してくれたが、どちらにしても余り良い気分ではない。

 仕方ない事だが。

 村長が家に招くという話もあったが、人前で出来ない話も有る上にあの憔悴した様子を見た後なので丁重に断った。

 寝る準備が整うなり、ミナーシャが身を乗り出してくる。


「で、アカネって誰ニャ?」


「ああ、アカネはですね、私の中に居る――」


「え、カティア大丈夫ニャ? 頭でも打った?」


「違いますよ! 人を痛いヤツみたいに言わないで下さい、全く。論より証拠ですね」


 妄想の人物の事を語っているとでも思ったのだろうか。

 何にせよ失礼極まりない。


(アカネ、出てきて)


(あ、いいの? じゃあ出るね)


 アカネが私の体からにゅるっと出てきた。

 見ていたミナーシャは目が点になり、固まった。


「初めまして、ミナーシャちゃん? だよね。アカネです!」


「大精霊のアカネです。火の大精霊の仲間で……って、聞いてませんね」


 固まったミナーシャは動かない。

 目の前で手を振ってみても無反応だ。


「ハッ! 今、ちっちゃいカティアがカティアから出て来るっていう変な夢を見たニャ。疲れてるのかなー?」


「夢じゃないよ? わたしここに居るよ?」


「……」


 アカネがミナーシャの前で存在をアピールする。

 手をバタバタさせているのが可愛かった。


「ニャー! 夢じゃない! 何これ何これ!」


 ミナーシャがひとしきり騒ぎ終えるまで、五分程掛かった。

 にぎやか過ぎる……。

 それから説明を終えるまでには、結構な時間が経過していた。


「ニャるほど、アカネちゃんは大精霊なんだ」


「うん。お姉ちゃんに憑いてるの」


「ふーん。見慣れて来たらアカネちゃんカワイイニャ……むふふー」


 ミナーシャが手をワキワキさせる。

 何をする気か予想はつく。

 だが、私はきちんと説明をした。

 それだけはハッキリとさせておきたい。


「今夜は私の抱き枕になるといいニャ! そりゃー!」


 アカネに飛び掛かったミナーシャは見事に


「ふぎゃ!?」


 顔面から着地した。

 精霊には触れないと説明したんだけどね……。

 半分ほどは聞き流していたようだ、このニャンコ。

 そのまま気絶したミナーシャを寝床に放り込み、私達も眠ることにした。

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